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漫画の話です。

『ハクメイとミコチ』好きなモノを好きと言い、身にまとうことの嬉しさ楽しさの話

 年に一度、毎年1月のお楽しみといえば、そう、『ハクメイとミコチ』の新刊発売。

 巻を重ねるごとに、登場人物やエピソードも重なっていって、面白さも重層的になっていく本作。たとえば最新刊では、10巻に登場した甲羅木組へハクメイが加入したエピソードから始まりますが、彼女が甲羅木組として家の修繕をする流れの中でも、加入まではせずとも顔を出して縁を作っていた石貫會の面々に手伝いを頼んでいました。物語の重なりを感じさせますね。

 さて、本作では、大工のハクメイ、料理人のミコチを筆頭に、何かを作ったり、その身や技術で生計を立てているキャラクターが多く登場します。機械のほとんどない世界なので、当然と言えば当然なのですが、そんな世界だけあってか、モノに対する視線がとても優しく、愛用しているものを修繕などして長く使おうとしたり、他人が作り出した逸品に強い敬意を払ったりしています。
 11巻で言えば、前述の、作られた当時の意図を汲んで修繕しようとする甲羅木組がそうですし、すでに故人となった製作者の想いがこもったぐい呑みの話もあります。

 で、そんな多くのモノに関するエピソード群で、私が特に好きなのが、古着屋のトレモが登場するなのです。
 それは、私自身が服が好きというのも大きいのですが、彼の登場するエピソードでは、手に取った服をキャラクターたちが、時に少し恥ずかしがりながらも、素直な心持でそれらを気に入り、実に嬉しそうに、楽しそうに袖を通しているのです。その屈託のない姿に、読んでいるだけでニコニコしてしまいます。
 11巻ではトレモ自身が主役となり、店を訪れる客に、彼らによく似合う、気に入るに違いない服を紹介していき、実際彼や彼女は、着飾ることに慣れていようといまいと、お気に入りの一着を選び、洋々と買っていくのです。トカゲの旋毛丸にサングラスを紹介し、セールストークを展開しようとしますが、旋毛丸の言った言葉は「おだてる前に 値段を言え」です。普段はけんかっ早い彼も、いや、彼だからこそ、気に入ったものは四の五の言わず手に入れたいのでしょう。
 旋毛丸とトレモが初めて出会った8巻のエピソードでは、トレモが選んだ服ではないですが、自分で見つけたトカゲ用のコートを、同行人を尻目に早々と購入しようとしています。
 気に入ったものは、手に入れたい。だって、そうすると気分がいいから。

 また、トレモが初登場する3巻のエピソードでは、ハクメイ・ミコチと一緒に偶然彼の店に立ち寄ったイワシが、「寡作の針姫」と名高いブランド「ナイトスネイル」の服をトレモから勧められました。思った以上にお高いそのお値段に怯むイワシでしたが、トレモの言った「まるで体に吸い付いたようだぜ 服がアンタを選んだのさ」の殺し文句に、値切りはしつつも、結局購入しました。
 「アイツ商売上手だな」なんてぶつくさ言っていたイワシでしたが、以降、休日の外出では好んでそれを着ており、上記の旋毛丸がコートを買ったエピソードに彼もいたのですが、結局何も買わなかったイワシに対して友人が「よかったのか?」と尋ねると、「俺はたまにしか服着ねえからな こいつを着る機会が減っちまうだろ 気に入ってんだよ これ」と、まさに今着ているナイトスネイルの服を嬉しそうに示すのです。
 気に入ったものは、多く身に付けたい。だって、そうすると気分がいいから。

 現実では、着飾る、ファッショに凝るということにどこか気恥ずかしさがつきまといます。実際、道行く誰かが自分の服装を注視するものでもないですが、どこか自分の心の奥の方から、「そんな格好つけるんじゃないよ」「自意識過剰かよ」「それホントに似合ってると思ってる?」などと卑屈な自意識が、大なり小なり声をかけてくるのです。
 でも、『ハクメイとミコチ』に登場する彼や彼女のように、自分が直感的に気に入ったものに、素直に「気に入った!」と表明し、それを身に付けるだけで気分がウキウキする。そんな屈託のない欲望の肯定は、きっと人生を華やかなものにしてくれます。

でもお洒落する理由って 単に取り繕うだけじゃないっすから
人によるんすけどね たとえば
ビシッと決めて気分を高揚させたり 作り手の意図を慈しんだり 自分自身と他人や文化とを繋いだり 内面の変化を生むきっかけになったりね ただただモテたい!とかさ
(11巻 p156,157)

 このトレモのセリフのように、お洒落する、気に入ったものを身にまとうことは、人生を豊かにするのです。

 以前、池辺葵先生の『ブランチライン』を読んだ際にも、似たようなことを書きました。
yamada10-07.hateblo.jp

自分の好きなものに衒いのない月子の姿はとても軽やかで、他人の目とか今後の不安とか、そういう余計なものを脱ぎ捨てたかのような素朴な美しさを感じさせます。

『ブランチライン』欲望の素直な肯定と身軽で気軽な姿の話 - ポンコツ山田.com

『ブランチライン』に限らず、池辺葵先生の作品を読むと、自分の欲望に素直になっていいんだなと思えます。自分の欲しいものを手に入れたら素直に喜んでいい。自分のしたいことをできたら素朴に嬉しがっていい。ともすると、別にどこにもない世間の目なんてやつを気にして湧き上がる感情を抑えようとしてしまったりすることもありますが、そんなことしないでいいんだ、自然に喜びに身を任せればいいんだと思えるのです。そうする姿は、月子のようにとっても身軽。

『ブランチライン』欲望の素直な肯定と身軽で気軽な姿の話 - ポンコツ山田.com

 『ブランチライン』では、服に限らず、他人に贈る愛にまで話を広げて、何かをしたい欲望、何かを欲しがる欲望を、素直に、素朴に、屈託なく認めていいんだ、ということを書いていました。両手じゃ抱えきれなく、ドキドキするような、家から遠く離れてもなんとかやっていけるような、そんな欲。もしくは夢。

 『ハクメイとミコチ』は先にちらっと書いたように、文明程度で言えばあまり高くない、まだまだ手作業メインの世界。ほとんどのキャラクターの日々は仕事に忙殺されています。でも、だからこそ、たまの休みは心の洗濯、羽を大きく伸ばすために、お気に入りの場所に行ったり、お気に入りの物を食べたり、お気に入りのものを身に付けたりしているのです。
 そのメリハリというか、オンオフというか、何が正しいかは知らなくても何が楽しいかは知っているような、そんな生活。それをそっくりまねることはできませんが、何が好きか、楽しいかは忘れないような生活はしていきたいなと、本作を読むと思わされますね。

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