年に一度のこの時期の楽しみ、『ハクメイとミコチ』の新刊。
ハクメイが歌の練習をしたり、大工の引き抜きを受けたり、みんなで温泉に行ったり、ジャダが初めて港町にくりだしたり、帽子の秘密が明かされたり、ハクメイの子供の頃が語られたり。どのエピソードも素敵なんですが、特に好きなのは温泉回とハクメイの思い出回でした。
今日は温泉回の話。
温泉回は、以前(4巻 24話)ハクメイとミコチが入ろうとして入れなかった温泉「コヌタの湯」に、最近頑張ってるハクメイをねぎらおうとミコチが、コンジュにセン、ジャダ、コハル、吞戸屋のミマリとシナトらにも声をかけ、総勢8名で押しかける話。みんなでゆったり温泉につかったり、湯上りに縁側でお茶を飲んで昼寝したり、佳肴に舌鼓を打ったり、酔っぱらって雀卓を囲ったりと、ここが極楽かと羨んでしまいます。
いいですよね、気のおけない友人たちと小旅行。8名もいれば性格の違うものもいるし、なんならこの旅行が初対面の間柄さえいましたが、おいしいごはんとお酒、そして気持ちのいいお風呂があれば、すぐに身も心もほぐれるというものです。
温泉の入り方やご飯の味わい方、空いた時間の楽しみ方など、各々の性格が表れていて面白いですね。一緒に散歩するくらいには仲良くなっていたセンとコンジュとか、料理人のサガで出汁の組み合わせを探りたがるミコチとミマリとか、人見知りするけどマイペースは崩さないジャダとか、そのキャラらしさが要所要所で光ります。センとコンジュがいいペアでかわいい。
(p72)
(p77)
で、食べて飲んで遊んですっかり夜も更けて、酔いつぶれた者はもう夢の中、起きている者も心地よい疲れで身体の境界が淡くなるような感覚に身をゆだねています。
その日初めて訪れた静けさに、ハクメイはこうこぼしました。
……なんだか朝から 切れ目なく楽しいんだよな
普段はどれだけ楽しくても 大抵 夜にはお開きにするもんだけど
今日は帰らなくてもいいし お開きにしなくてもいいから
ただいい具合に だらだらと寝入っていく
徐々に ゆっくりと 夜が更けていくんだよ
(p88,89)
なんでしょうね、子供の頃には理解できないけれど、大人になったら時間的な問題などでなかなか味わうことのできない、この愉悦と虚脱、充実と疲労のあわい。燃え上った火が熾きになってしずしずと燃え、そして消えていくような空気。たまらない。
そして、それをたとえてセンが言った「ランプのネジをひねるようだね」という言葉。これがまたたまらない。ランプ好きのセンだからこそ出た言葉だけれど、更ける夜に合わせてランプのガスネジをひねり、明かりを少しずつ落とすその様子、でも火は消してしまわないよう注意深くネジをひねる手つきが、沸き立っていた心が落ち着いていく夜更けの空気と、あまりにも相同的なのです。
これまでのキャラクターの描写と、言葉のチョイスがあいまって、こんなに心にすとんと落ちる比喩は久しぶり。きれいにはまった比喩は、ある種の彫像のように、実体を持っているかのような存在感を放ちます。まるでその言葉に触れられるかのように。そんなセンの比喩でした。
思い出回の感想はまた次回に。『アンボックス』のカナの話はまたその次に。
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