桐山はある新入社員を見て、生まれて初めて驚愕で腰を抜かした。その女性社員・南ことみは、自分が愛してやまないヴィンテージドール、てぃあらちゃんに瓜二つだったのだ。
中野ブロードウェイで運命の出会いを果たしたてぃあらちゃんをお迎えして以来、単調だった桐山の生活は、まるで大輪の花が咲いたように明るく華やかなものになった。そんなてぃあらちゃんにクリソツの新入社員が隣の席に配属されて、桐山の人生が盛り上がらないわけはなく……
自分の好きなものが自分の人生を楽しくしてくれる高揚感と、己の欲望が肯定される満足感。それらが拗らせオタクしぐさたっぷりに描かれている、コミカルでパッションフルな作品です。
主人公の一人、桐山さんは、まじめで気づかいができるのに、人間失格もびっくりなほどに笑顔を作るのが苦手なのが璧に瑕の社会人。
(10p)
そんな彼女のひそかな趣味は、ヴィンテージドールのてぃあらちゃんを愛でること。彼女を迎えたその日から、一緒に購入した服を着せ替え、写真を撮りまくり、ついにはドール用の服まで自作するほど。てぃあらちゃんのおかげで人生が楽しい!
かたやもう一人の主人公、南さんは、人懐っこく天真爛漫な新入社員。
(5p)
必死に作る笑顔が切ないと後輩社員から評判の桐山さんにも、ワンコのごとく慕っていきます(なお、下の桐山さんは生まれて初めて驚愕で腰を抜かしているところです)。でもそんな彼女は、子供の頃に女の子らしいことができなかったのが悩み。おしゃれな服は買えない。お化粧はできない。かわいいお人形も買ってもらえない。その反動のように、一人暮らしを始めてからはかわいくなりたいと努力しているけれど、いつだって誰かにかわいいっていてほしいのです。
そして南さんは、桐山さんのティアラちゃんにクリソツ。そんな二人が出会って何も起こらないわけはなく。
南さんとの仲が深まっていく中で桐山さんは、このタイミングなら彼女も聞いてくれるかも、と勇気を出して自分の趣味を告白するのですが、怖いですよね、隠していた自分の大事なことを人に話すのって。「ああ、そうなんですね」くらいに軽くうなずかれるだけならまだよくて、もし「ああ、それ微妙ですよね。それが趣味なんですか(苦笑)」なんて言われた日には、自分の半身を引きちぎられたような気にさえなります。
自分の本当に好きなものはそれだけナイーブ。誰かに認めてほしいけど、誰かに傷つけられたくはない。桐山さんも、南さんが自身のことを少しさらけ出してくれたことで、初めて口にする勇気が持てました。
で、清水の舞台から飛び降りた桐山さんの告白に、予想に反して大いに食いつく南さん。自宅に行っててぃあらちゃんを紹介することになると、かわいい人形にも憧れがあった南さんはヒートアップ。てぃあらちゃんをかわいいかわいいと褒め倒します。
自分の大好きな人形を褒め倒している、自分の大好きな人形にそっくりな南さんを見て桐山さんもヒートアップ。そのままなだれ込むように、てぃあらちゃんを抱く南さんの撮影会が始まるのです。
撮り撮られ、褒め褒められ、テンション最高潮に達した二人が叫んだこのセリフ。
(32p)
なんとあけすけな欲望の爆発でしょう。
自分の欲望を肯定してもらう気持ちよさ。
誰かの欲望を肯定する気持ちよさ。
すがすがしいというか、いっそ神聖とさえ言えそうなこの解放感。かわいいものに「かわいい!」と叫ぶ/叫ばれることの素晴らしさを、高らかに謳っています。
自分の好きなことを人に言うのは怖いもの。もしそれをけなされては、とんでもなく傷ついてしまうのがわかっているから。だからそれを秘めてしまう。隠してしまう。
でも、秘めているからこそ、隠しているからこそ、私たちはいつだって叫びたいのです。
「かわいい!!!!!!!!!」と。
とまあ、そんな欲望と情熱の爆発が、桐山さんのオタクしぐさと、南さんのワンコしぐさで、茶目っ気とコミカルさたっぷりに描かれています。
(8p)
(17p)
(31p)
おい桐山、オタクが過ぎるぞ。
誰もが自分の好きを叫べるわけではありません。叫べる場所や、叫べる人がいないことのほうが多いかもしれません。叫びたいほどの好きがない人だっているでしょう。
でも、叫びたいほどの好きが叫べることは間違いなく幸せなこと。それを教えてくれる、なんとも楽しい作品ですよ。
君にかわいいと叫びたい-第1話
一言コメントがある方も、こちらからお気軽にどうぞ。