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漫画の話です。

食らえ! そして至れ! ドカ食いこそ至高の愉悦『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』の話

 ドカ食い。それは生きる喜び。
 人は生きていればお腹が空き、お腹が空けば何か食べなければいけない。お腹の隙間を余すところなく埋めるように食らい、ただただ目の前の食べ物を貪り尽くす。
 ドカ食い。それは「至る」喜び。
 満腹と高血糖の果てに包まれる恍惚とした酩酊感。ちらつく死の影に怯えながら、それでも食べずにはいられない愚かな人間の生き様。
 この漫画は、「至る」喜びに身を浸すことを至高の愉悦と確信する女、望月美琴(21)の物語である……

 ということで、まるよのかもめ先生『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』のレビューです。第1話が発表されたその日から、鮮烈に常軌を逸した主人公の姿に話題沸騰、瞬く間にネットの話題をかっさらった、あまりにも危険であまりにも蠱惑的な作品です。

 冒頭のとおり、この作品は、主人公のもちづきさんがドカ食いをする姿を、ただ楽しむ物語。彼女は、小綺麗な若手会社員を仮の姿に日々を過ごし、毎日の昼食も自分でお弁当を作ってくるような丁寧な暮らしをしているのですが、そのお弁当の一例が鶏もも肉の照り焼き弁当(1775kcal)。

(1巻 5p)
 高校野球部員が使ってるようなドデカ弁当箱ぎゅうぎゅうに詰められた白米と、その上に敷き詰められた推定鶏もも肉二枚分(濃縮タイプのめんつゆボトル半分に一晩漬けたもの)の照り焼き。さらにコクよ迸れとばかりにかけられたマヨネーズ。
 ちなみに画像のコマ外に小さく書かれているのは、日本人の一日の推奨摂取カロリー。運動量の少ない女性は、1400~2000kcal程度とされています。このお弁当一つでおおむね一日分ですよ。

 で、そんなカロリーのかたまりを貪り食う彼女の脳内を支配するのは、食欲が満たされる恍惚。

うまい
しょっぱくてうまい
あのひと工夫が生きた…!
鶏もも肉を一晩タレに漬けたのだけれど… そのタレが…
濃縮タイプのそうめんつゆ これをたっぷりボトル半分 投入
それを朝に焼いて米に乗せる 高血圧まっしぐらの塩分濃度
そしてさらにマヨね 血液が塩水になりそう
ああヤバイなこれは 鳥の脂とマヨの脂で口の中が支配される
(1巻 7~9p)

 第一話の開始数ページでこの掴み方はすごいですよね。
 食べることの喜びなんていう生易しいものじゃない。空腹に精神を焦がし、箍が外れたようにかきこみ、口の中で食材が暴れ、味が爆発し、全身にカロリーが染みわたる、生物が生物として生きていくための根源的な欲が食べるという行為によって満たされていく暴力的なまでの描写。これがドカ食い。人類が普遍的に感じる欲と恐怖。"MOTTAINAI"の次に世界へ広まるのは"DOKAGUI"ですね。

 また、彼女の食欲に呼応するように出現する特徴的な文字がまたいいんですよ。食の直前、あるいは真っ最中の、食欲という一点に向かってに引き絞られた彼女の精神の危うさを、的確に表現している。

(1巻 8p)

(1巻 13p)

(1巻 34p)
 鬼気迫る文字と顔。

 そしてドカ食いの先にあるのが、もちづきさん言うところの「至る」。ドカ食い直後の「満腹と高血糖で酩酊するこの時間」。
 さすがに周囲に他の社員がいる昼食では「至る」一歩手前で耐えられるものの、フロアの社員が全員帰った後の残業中(23時。それはそれでどうかと思う残業だけど)では我慢できるわけがない。家に帰るまでこの空腹がもつわけあるかと、会社のデスクの引き出しの一番下に常備してある特大焼きそば(引き出しにちょうど収まるサイズ)を取り出して、しかも二つ取り出して、深夜の社内で一人貪る。もちろんマヨも投入して(計2760kcal)。黒ウーロンがあるからカロリー相殺とか寝言を抜かしながら。

(1巻 23p)
 これは「至ってる」顔ですわ。
 涅槃かな? とさえ思いますが、世間一般には血糖値スパイクと呼ばれる、どう考えても健康に悪い状態です(参考:血糖値スパイクを予防しよう ──糖尿病になる前に対策を! | 済生会)。
 死ぬぞ?

 これはそんな彼女の物語。
 大食い漫画と言えば土山しげる先生の『食いしん坊!』が思い浮かびますが、あのような、あるいはTVチャンピオンの大食い王選手権などのような、ある種のスポーツ性を持たせた大食いとは違い、ただ食べたいから食べるという生命の根源的な欲求に突き動かされているのがこの漫画であり、同時に、生命維持に必要不可欠な行為でありながら、そのあまりの健康の悪さに死の影がちらつくという矛盾を孕んだ恐るべき作品です。

 出てくる料理は普通の料理、どころかむしろ、食べたいもの食べられればいいだろと言わんばかりの雑な料理が多いのですが、もちづきさんの空腹を感じる描写と、目の前の食べ物に食らいつく姿が意外にこちらの食欲をそそります。空腹も、雑な料理も、想像しやすいですからね。食通だけが唸るような高級料理なぞ出されても、一般庶民には想像ができんのです。
 ですが、そんな共感の後に立ち現れてくるのは、「お腹が空いたときにご飯を食べるのはおいしいね!」みたいな牧歌的な笑顔ではなく、何かに駆り立てるようにただただ食べ物を胃の中に送り込む怪物のようなもちづきさんの姿。そこにもはや食の喜びなどはなく、欲望に支配された哀れなモンスターが一人いるだけなのです。
 けど、そんなモンスターも人間社会で生きることを余儀なくされています。人前で「至る」ことのないよう、鬼のような食欲は会社の同僚にはひた隠しにしているのです。鶏もも肉の照り焼き弁当の直後にコンビニで売ってるクソデカもも水(210kcal)を飲んでいては、ばれないはずがないのに。
 オ オデハ オイシイゴハンヲ ハライッパイ タベタイダケナノニ……

 生の根源に触れながら死の縁に近づく、限界キワキワの食漫画。最近ですと、ジャンプ+の『限界OL霧切ギリ子』(ミートスパ土本)と、webアクションの『これはゆがんだ食レポです』(永田カビ)とあわせて、限界食漫画三銃士というのが私の中での位置づけですね。
younganimal.com
shonenjumpplus.com
comic-action.com

 とりあえず読んでみて、食べることの素晴らしさと恐ろしさを知り、自分の食生活は大丈夫だろうかと我が身を振り返ってほしいですね。まあもちづきさんと比べて不安になったら、即病院へGO!ですが。

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