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漫画の話です。

キュートな祟り神とハチャメチャなきょうだいのホラー&コメディ&エロス 『令和のダラさん』の話

 日本のとある片田舎。そこには、ある山神の言い伝えがあった。見れば障り、穢せば祟るその荒魂が住まうとされる山には、緑濃い山にはふさわしからぬ金網と鉄条網に囲まれた一角があり、そこには地域の誰も近寄ろうとはしなかった。
 その山のふもとに暮らす三十木谷(みそぎや)家の二人の子供、日向と薫は、豪雨に襲われた山の様子を見に行った祖父を心配し、金網の前までならいいだろうと、彼の後を追って山に入った。雨の降りしきる夜の山中、二人が見たのは、地滑りで倒れた金網と、何かに怯えて叫び去る祖父の背中、そして闇の奥から這い出てきた、三対の腕と蛇の下半身を持つ異形の女の姿だった。屋跨斑やまたぎまだらを名乗るその異形に魅入られた二人は……

 ということで、ともつか治臣先生の『令和のダラさん』のレビューです。ネット怪談をベースにしたホラーと、そのホラーをぶっくらかえすコメディ、そして性癖を拗らせかねない数々のエロス。お得な三点セットの作品となっています。

 表紙に登場しているいかにもおどろおどろしい表情をしているのが屋跨斑。通称ダラさん。この通称を与えられた時点で、どんな異形をしていようと、どんな神威を振るえようと、神の威厳もホラーの恐怖も保てないのは必定ですが、それを与えたのが、表紙手前の二人、三十木谷日向と薫の二人です。
 この2人がまあ恐れない。生まれて初めて目にしたはずの異形に平気でタメ口を聞き、小学生男児の前で全裸(下半身は蛇)であるこに苦言を呈する始末。「ここにおる神様なんやろ? 爺ちゃんからおるって聞いてたし…」でその存在を受け容れる様は、当の屋跨斑でなくとも「胆力ぅ…」と慄きたくもなります。何の衒いもなく再会を約して明るく去りますしね。
 とまあそんな感じで、人々に恐れを振りまくはずの屋跨斑、通称ダラさんと三十木谷姉弟の、存在の垣根を超えた触れ合いを描くハートフルコメディなわけですよ。そんないいもんじゃないけど。
 いいですよね、「イキったアホが儂の縄張りでヤンチャしたのとかを死なん程度に祟りビームでキャン言わせてる」とか「禁足地で超常現象呼び出すとか本来死亡フラグなんじゃからな?」とか言ってくれるラフな怪異。

 さて、上で日向と薫を姉弟と書きましたが、誤記ではないです。向かって右のボーイッシュなショートヘアーが姉の薫で、左の金髪碧眼三つ編みそばかすが弟の薫です。薫はロングスカート履いてますが、弟です。
 田舎の風習や家系の因習で、性別を偽って育てるというのもしばしばオカルトでは聞く話ですが、この2人は別にそういうのじゃありません。ひらひらした服が嫌いな日向が着なかった服を、服に頓着がなかった薫が親の言うがままに着ているだけです(本人も特に嫌がる素振りなし)。言ってしまえば、ただの趣味。
 つまり、半裸半人半蛇のナイスバディ巨女に、金髪碧眼男の娘、ボーイッシュ少女と、性癖をこじってくるキャラクターが登場するってことです。回を追うと、男の娘が水着になったり、サキュバスコスプレしたり、男性向け同人誌を描く地味顔ドスケベボディなお姉さんや目つき悪パンクロック丸眼鏡巫女さんが登場したりと、さらに性癖の範囲を広げてきます。いいぞもっとやれ。
 恐怖と性的興奮は、吊り橋効果のように近しいところにあるものですが、デフォルメの効いたコミカルさの割に生々しい肉感を描かれると、ちょっとドキドキしちゃいますね。デュフフフ。

 ホラー、コメディ、エロスときてまたホラーに話は戻りますが、この物語でいいのは、各話の冒頭にダラさんがなぜ屋跨斑なる怪異になったのか、その過去を数ページずつ描いているところです。まだ人々が自然への畏怖を強く持っていた時代、自然と人間をとりもつ巫覡が今よりも多くいた時代、そんな過去に起きた悲惨で陰惨な屋跨斑誕生秘話が、本編現代のスチャラカ感とうまく対比され、物語の深みを与えています。
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 まずは第一話を読んでスチャラカ感を楽しんでほしいと思います。
 

 余談ですが本作はネット怪談の類を下敷きにしてるわけですが、登場する怪物が、金網に囲まれた祠に祭られていた、三対の腕と蛇形の下半身を持つ半人半蛇の女性、名乗りが「やまたぎまだら」とくれば、ピンと来る人も多いはず。
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 洒落怖の名作の一つと名高い「姦姦蛇螺」をベースにしていることは確実でしょう。
 最近はめっきり新しい怪談も減ってしまいましたが、好きな人は常に一定数存在するジャンルなので、細々と残ってほしいものですね。

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『HUNTER×HUNTER』カキン帝国についてあれこれの話

 ハンタの私的まとめその2。今日はカキン帝国について。

  • カキン帝国前史。
    • 「超古代国」だけど、「30年位前『歴史上最も静かな革命』と言われた真林館事件を機に帝国社会主義から議会民主主義へとシフトした」国。
      • 「超古代国」のどの時点からホイコーロ朝が存在していたかは現時点で不明だが、「古文書」に「初代王」に関する事項が記されているという表現を考えると、1000年以上過去から存在していてもおかしくはない。
  • カキン帝国政体
    • 「帝国社会主義」という言葉は一般に使われておらず、現実には「社会帝国主義」が政治用語として存在している。簡単に言えば、「社会主義(体制)を標榜しながら帝国主義的に振舞う」というもの。その前後がひっくり返っているということは、「帝国(体制)を維持しながら、社会主義的に振舞う」と言えるのだろうか。
      • 平等で公正な社会を目指す運動が社会主義なのだから、生まれにより特権階級を設定する帝政(王政)とは非常に相性が悪いが、それはそれとして、一般国民に平等・公正を推し進める政策をとっていたということだろうか。
      • 「帝国社会主義から議会民主主義へとシフトした」のだから、帝国社会主義時代には民主的に選出された議員による議会はなかったのだろう。貴族等の上層階級による政治が行われたと推察される。
      • あえて社会主義という言葉を捨てた以上、それまでの社会の悪平等や見かけだけの公正さに辟易して、政治に広範な社会層の意見を反映させるようにし(議会民主制)、経済資本や社会階層の流動性の高い社会へと舵を切った(=非貴族階級の階層格差を認容した)のだろう。
        • B・W号内部の格差が非常に大きいことも、カキン帝国内の格差社会を反映している。
          • 少なくとも経済的には、他の大陸の五大国と比肩しうるくらいに成長したので、その点は成功としたと言える。
    • 王族は(日本やイギリスのように)原則として政治に参加しないのが、皇族・王族のいる議会制民主主義国家の姿であろうが、王子が私設兵団を持っていたり、軍部のトップ層にいるあたり、そこらへんはなあなあであると思われる。
      • まあそもそも王であるナスビー自身が暗黒大陸(彼の言葉に忠実に言えば「新大陸」)行きを強く掲げているので、王の政治的権力は非常に強く残っているのだろう。
        • それは議会民主主義国家なのか?
  • カキン帝国地理
    • エイジアン大陸の中央に位置する大国。
      • ハンタ世界の大陸は、現実世界の大陸を分割・回転・再配置してちょこちょこいじったものだが、エイジアン大陸は、ユーラシア大陸バングラディシュあたりから南北に東西に分割したものの西側。その大陸の内、北東部を除くアラビア半島以東を版図に置く、まさに大国。
        • 目測でインドの7倍くらい?
    • 人口は推定2億6000万人。
      • 20万人乗りのB・W1号に、民間人の1300人に1人が乗れることから概算。
  • カキン帝国王族関係
    • 王子生誕順
      • 1、ベンジャミン 2、カミーラ 3,チョウライ 4,ツェリードニヒ 5,ツベッパ 6,タイソン 7,ルズールス 8,サレサレ 9、ハルケンブルク 10、カチョウ 11,フウゲツ 12,モモゼ 13,マラヤーム 14,ワブル
    • 母子関係
      • 第1王妃ウンマの子。1,ベンジャミン 4,ツェリードニヒ
      • 第2王妃ドゥアズルの子。2,カミーラ 5,ツベッパ 7,ルズールス 9,ハルケンブル
      • 第3王妃トウチョウレイの子。3,チョウライ
      • 第4王妃カットローノの子。6,タイソン
      • 第5王妃スィンコスィンコの子。8,サレサレ
      • 第6王妃セイコの子。10,カチョウ 11,フウゲツ
      • 第7王妃セヴァンチの子。12,モモゼ 13,マラヤーム
      • 第8王妃オイト王妃の子。14,ワブル
    • 各王妃間の王子らの名前に一貫性がないことから、今代においては王子の命名は、様々な文化圏あるいは国から嫁いできた各王妃の命名によるものと思われる。
      • 下で見るナスビー含む異母兄弟らが、おそらく先代国王の強権的な命名により野菜の名という業を背負ったことから、自身の子の名づけは王妃に任せたのだろうか。ナスビー有能だな。
    • 王の婚外子関係
      • オニオール=ロンポウ。
        • 現王ナスビーの異母兄弟。
        • シュウ=ウ一家組長。
          • ケツモチは第3王子チョウライ。
            • チョウライがオニオールを「父さん」と呼び掛けていると思しきモノローグあり
      • ロッコ=リー。
        • 現王ナスビーの異母兄弟。
        • シャ=ア一家組長。
          • ケツモチは第7王子ルズールス。
      • モレナ=プルード。
        • 現王子らの異母兄弟。
        • エイ=イ一家組長。
          • ケツモチは第4王子ツェリードニヒ。
        • 恋のエチュードサイキンオセン」の念能力者。
          • メンバーゼロであるモレナ自身のレベルが45であることから、彼女の前に別のメンバーゼロ(「恋のエチュード」の能力者)がいたことは考えづらいか。

 とりあえ今日はこのへんで。
 ところで、推定2億6000万人の国民の内20万人(人口の0.0067%)と、国王をはじめとした王族大部分、軍部トップおよび念能力を所有する特殊な兵士、最高裁判官をはじめとする司法権のトップ、裏社会を支える三大マフィア、判明しているだけでもこれだけの国の裏表の中枢を引き連れて往復4か月の旅に出るって、帰ってくる頃にはカキンがどうなってるか怖くないですか?

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『HUNTER×HUNTER』カミーラの念能力についてあれこれの話

 『HUNTER×HUNTER』が帰ってきたぞーっ!!

 早速新刊を読みましたが、文字が多いよ!難しいよ!
 ということで、最新刊だけでなく暗黒大陸編から読み返して、よくわからなかったりひっかかったりしたことを、今後のためにも雑に羅列しておこうと思います。今日はカミーラの念能力について。

  • 第二王子カミーラ「百万回生きた猫ネコノナマエ
    • 現時点で明確な説明は「迎撃型の念獣。死後発動し攻撃して来た者の命を以て蘇生する」。
      • 第一王子の私設兵ムッセと対峙した時にカミーラは「絶」状態だったので、それも発動の条件かも。
    • ムッセがカミーラを射殺→彼の背後から出現した念獣が両手でムッセの全身を包み込む→ムッセの身体を全て消し去る(エネルギーだけの状態にする?)→注射状の尻尾から液体状のエネルギーをカミーラの口に注ぎ蘇生させる。
      • カミーラ曰く、「死後の念!! 故に強く!! 蘇生の能力!! 故に無敵」
      • とはいえ、ベンジャミンのところへ乗り込んだときに、彼に自分を殺させようと挑発したが不発に終わり、非致死的な方法で拘束された際には、当然能力は発動しなかった。死後に蘇生させる能力故に、カミーラが死ななければ何も発動しない。
    • 疑問点。射程に制限はあるのか。目視できないくらい遠くから狙撃された場合でも発動するのか。
    • 関連して、殺害者を特定できない場合にも発動するのか。
      • 距離以外にも、物陰や夜陰に乗じる等カミーラの認識外から何らかの攻撃を受け死亡した場合はどうなのか。
      • 毒殺など、攻撃者が判然としない場合は。
      • 複数人による攻撃(次元式爆弾を複数人でセットした等)の場合は。
      • 交通事故などの偶発的な事故なら。
    • 攻撃と死亡に時間があいた場合は発動するのか。
      • ムッセから狙撃されたケースでも、即死あるいはムッセが至近にいるうちに死亡するのではなく、重体になって何時間、何日、何年後に死亡した場合は発動するのか。
      • 関連して、カミーラが死亡する前に攻撃者が死亡していた場合も発動するのか。
        • カミーラ撃たれる(非即死)→攻撃者が護衛に射殺される→カミーラ死亡という順番でも発動するのか。
    • 拘束された状態で直接的に攻撃されないまま餓死や衰弱死、あるいは拘束中に偶発的に発症、感染した病気の場合は。
    • カミーラの死体の損壊状況は関係するか。
      • ムッセのケースでは銃創が消えたが、四肢の欠損等も回復するのか。全身大やけどは。身体がバラバラだったら。頭部しか残らなかったら。そもそも頭部が完全に損壊してしまったら。
    • ナックルのハコワレを食らった状態だったら。
      • 上で「絶」が発動条件かもと書いたけど、強制的に「絶」状態になっても発動するのか。

 と、思いつくところをつらつら書いたけど、いくら死後の念とはいえ、上記の疑問全ての回答が「発動する」になるとは思い難い。
 また、実際上「絶」が発動条件だと非常に問題で、目の前に攻撃者が現れた状況でも「絶」状態であれば素の身体能力で対応するしかなく、自身が念能力者だというアドバンテージを活かせない。
 そもそもカミーラは自分の念能力がどういうものかいつ理解したのだろうか。死後発動する念ということは、死なないと発動しないってことなので、一度死なないと自分の能力が分からないんじゃなかろうか。「こういう能力にしよう」と明確にイメージして能力を作ったのかもしれないけど、能力ができても死なないと本当に発動するかわからないって怖いよな。
 案外過去に暗殺された経験があって、その時に能力が発現したのかも。

 なんにせよ、いったん能力の発動を見られると対応策をいろいろ考えられてしまう能力であり(なお、見てすらいないベンジャミンはほぼ最適解といえる対応をしてる)、無敵とは程遠そうな能力ではある。
 拘束されたときのカミーラの額に浮かんだ脂汗が、腕を折られた痛みだけでなく、この状況(非致死的な方法での拘束)を想定してないことも理由だったらちょっと面白いな。

 ついでにカーミラ関連で重箱の隅をつつくと、ムッセを消し去ったカミーラがその足でベンジャミンのところへ行こうとしたときに、彼女の私設兵がカミーラを止めようとしたのを「じゃあ貴方達が代わりに行く? 兄に楯突いて一族郎党皆殺しにされる覚悟はあるかしら?」と言い返し、私設兵たちは躊躇した(「一族郎党皆殺しにされる」ことを恐れた)ようなそぶりだったけど、私設兵がカーミラによって人権を与えられ(私設兵隊長の言葉を借りれば「『意志』をくださった)、彼女のために自分の命を賭して他の王子を呪殺できる不可持民たちなんだから、カミーラの言葉を受けても躊躇はしなそうだよな。

 とりあえず思ったことを書き殴ったぞい。

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健やかな青春と仄暗い情念 音楽と愛憎が支配する『ドミナント』の話

 春。それは始まりの季節。中高一貫の学校に高校から編入した宇野せいかは、いつものように始まりに失敗していた。
 どんくさい性格のせいで、いつも新しい環境のスタートダッシュに躓いてしまう。毎度のことに悩みつつも諦めつつ、放課後、普段いかない方へ足を延ばしてみると、そこには森に囲まれた洋館と、松葉杖をつく一人の青年。自分の高校のOBだという彼からせいかは、ふとした拍子にギターを習うことになった。
 思ってもいなかった出会いに、思ってもいなかった青春の始まりを期待するせいか。しかし、名も知らぬ彼には、不穏な空気もまとわりついていて……

 ということで、五十嵐純先生の『ドミナント』のレビューです。
 もともとは別名義で描いているアイマスの二次創作で知っていた方なんですが、その方が商業デビュー(でいいのかな?)。二次創作の時から、淡い画風に不穏さをはらませた作品が印象深かったのですが、オリジナルでも遺憾なくそれが発揮されています。主に不穏さで。

 ドミナント
 この漫画の表紙を見た人間がギター、というかポピュラーミュージックをたしなんでいる人間であれば、まず思い出すのはドミナントコードでしょう。
 ドミナントコードとは、すごく簡単に言えば、響きが不安定だから安定感のある音で落ち着きたくなるようなコードのことです。
youtu.be
 この動画で鳴っている2つめのコードがG7、すなわちGドミナントセブンスコードで、この不安定な響きのコードがあるおかげで、その次に鳴るCmaj7(トニックコードと呼ばれます)で強い安定感を得られるのです。
 このように、ドミナントコードからトニックコードへコードが進行することで、メロディの盛り上がりに一区切りがつき、終止感をもたらす。それゆえ、メロディの進行の要諦を握るこのコードはdominant(支配的)と呼ばれるのです。
 
 ドミナント
 支配的。
 表紙でギターを構えて穏やかに微笑む少女には、あまり似つかわしくない言葉と思えるでしょう。
 事実、初めて触れたギターにはしゃぐ主人公のせいかは、そのギターのおかげで学校での疎外感を忘れられ、それどころかギターをきっかけにクラスで友人もできました。支配よりもむしろ自由や解放といった言葉の方が似あう生活へと変わりつつあります。
 彼女が初めてギターに触れ、コードを鳴らし、できることが少しずつ増えて、新しく始めたことにどんどんのめりこんでいく。そんな誰もがいつかは持ったであろう感情が瑞々しく描かれている世界は、青春の曙光に満ちています。そこは「支配」という抑圧さえ感じさせる言葉は無縁です。

 しかし、いくらせいかの生活が支配とは無縁でも、その周囲の人間がそうだとは限りません。
 彼女にギターを教えてくれる洋館の青年。名を聞くタイミングを逸したまま、せいかは彼を「先輩」(高校のOBだから)と呼ぶのですが、その先輩はなぜ洋館に一人で住んでいるのか。その右足の故障はなんなのか。洋館まで訪ね、彼を名前で呼び親しげに振舞う女性が嬉しげにつぶやいた「次は左脚」という言葉の真意は――。
 せいかの初めての友人となった、学級委員長の麻衣子。ベースを弾くという彼女は、教室でギター教本を読むせいかに興味をもって声をかけてきたのですが、恋をしているという彼女が、家で一人、兄のことを口にしたときに見せた昏い目の理由は――。

 既に登場したせいか以外の主要な二人には、どうにも見過ごせない怪しげな空気が漂っているのです。
 誰かが誰かを、誰かが誰かに、誰かが自分の感情に、支配される。その物語の流れを決定づけるような、見る者を落ち着かなくさせる、不安定な空気。ドミナント

 彼や彼女のすぐ近くで、無邪気にギターを楽しんでいるせいかは、物語を安定させるトニックなのでしょうか。ですが、コードというのは不思議なもので、ドミソシのCmaj7が、ドミソシ♭になるとC7になるように、構成音が半音ずれるだけでトニックもまた別のドミナントとなるのです。安定しているコードも、ほんの半音であっというまに落ち着かなくなってしまいます。安定しているように見えるせいかも、なにかの拍子に半音下がってドミナントな響きをまとっても、なにもおかしくありません。
 青春真っただ中の安定感なんて吹けば飛ぶようなもの。わずかな歯車のずれ、蹉跌の一軋みで、調和のとれた心はいともたやすく不協和音へと狂っていくのです。
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 ギターにのめりこんでいく様子が、まるで伸びる新芽のように美しく健やかなせいかの姿(今は)と、彼女の周りの人間が支配されている仄暗い情念。その対比が、この物語がどこに向かうのかを予想させず、読んでてワクワクヒヤヒヤするのです。いいですね。

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『2.5次元の誘惑』創作と、引用・パロディのオタク仕草と、孔子・芭蕉の話

 新入生・華翼貴を迎えたコススト編も最新話で完結した『2.5次元の誘惑』。
 普段なら単行本を待つところですが、ジャンプ+で読んだ最新話で少し気になったフックがあったので、今日は簡単にそれを。
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 「オタクは生産的な趣味なのか」ということに悩む華は、コスプレワールドに自ら足を踏み入れつつ、リリサに聞き、ののぴに聞き、リリエル外伝の作者であるアリア父に聞き、奥村に聞きと、多くの人からヒントをもらいながら、最後には

ここに生産と消費の上下や区別はない 私が勝手に線を引いただけ
愛だけがあればいい 愛があればオタクでいい
「好き」なだけで 部長のように堂々と ここにいていいのだ
(123話)

 と、ただ自分の中にある「好き」を正面から肯定しました。
 
 さて、アリア父は華に「コスプレが生産的な活動かどうか」と問われたとき、コスプレを二次創作・同人活動と拡大したうえで、こう答えました。

……僕も悩んだなあ リリエル外伝はアッシュ戦記の二次創作だから
(中略)
僕も師匠*1に似たような質問をしたんだよ
そしたらね
アッシュ戦記を描いたのは子供の頃好きだった作品の続きをもっと読みたかったからだ って
そしてその元の漫画でさえ 前に連なる作品があったからうまれたはずだ 創作というのは古代から続く二次創作の連続なんだって
(119話)

 オリジナルとされる作品も、既に存在した何かを受けて作られているものであり、ひとしく創作は二次創作なのだと。
 また、ふっきれた華を見た奥村は、「君の仕事かい?」と問うてきたアリア父にこう言いました。

…外伝の中でも特に好きな台詞があるんです。
空挺隊に送り出されるリリエルが大天使にかけられる言葉――
「荷物など要らないよ」「人生の旅路に持っていくものは愛だけでいい」
それを伝えたつもりです
俺はオタクですから 俺の人生も 俺が人にかけることのできる言葉も 二次創作みたいなものです
だから俺じゃなくて先生*2の仕事かもしれません
(124話)

 それを聞いたアリア父は、こう返します。「…そのセリフ 高松先生の受け売りだよ」と。「老師は誰かから聞いたんだろうか 誰の仕事なんだろうねえ」と。

 このようにコススト編では、オリジナルと思えるものにもその前史がある、ということを繰り返し表明していますが、しかしてこの考え方、どこまでさかのぼれるかというと実は、時は春秋時代孔子にまでたどれるのです。
 孔子曰く「述べて作らず」。古の賢人の言葉を伝え、そこに自身の意見を加えることには慎重になるべし、という意味ですが、これを先人の尊重と敷衍すれば、自身が述べたものは自分のオリジナルなどではなく、それ(と近いこと)を言った前史となるものがあると言えるでしょう*3
 東アジアに長年にわたり強く影響を与えた儒家の思想に、まさかオタクとは、創作とは何ぞやという話がつながるとは。

 ところで奥村やアリア父が述べた先人の尊重ですが、実はすでに華自身、登場早々に口にしているのです。

詞は古きを慕ひ心は新しきを求め…と「近代秀歌」にあります
昔の歌を引用して相手に贈り…元ネタを踏まえた返歌を詠むことで お互いの知識の深さを測る遊びは平安の頃よりあったそうです
漫画を引用しつつ今の自分の心がより伝わるように腐心する様は 昔からの日本人の心… 等しく尊いものだと思います
(114話)

 これもまた先人の尊重。
 たとえば有名なところでは、教科書にもよく載っている松尾芭蕉の『おくのほそ道』の第28段・平泉には「国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠打敷て」とありますが、これは中国の詩人・杜甫の「春望」という詩を踏まえているものです。このように、さらっと古典を引用するのが当時の教養であったことがうかがえます。
 ことほどさように、彼女自身古来より伝わるオタク仕草に精通しているものであり、奥村やアリア父の言葉に心打たれる素質は十分にあったと言えるでしょう。

 なので現代のオタクたちもパロディや引用がうざいと言われても、「芭蕉だってやってたんだ!」と怒られない程度に胸を張ればいいと思いますよ。

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*1:アリア父がアシをしていた、アッシュ戦記の作者・高松。「老師」も同様

*2:アリア父のこと

*3:無論、孔子のこの言葉自体、また先行する言葉を受けているものでしょう

ドラゴンJKのゆるふわした日常『ルリドラゴン』の話

 青木瑠璃。ちょっと人見知り気味の、普通の女子高生だったはずの彼女。でも、ある朝起きたら、その額に一対の立派な角が生えていた。
「あんた 人と龍とのハーフなのよ」「父親が龍だから」「ま 普段通りでいいよ 死にゃしないし」
 混乱する彼女に母親はなんてことのないように言うけど、言われるルリは混乱に拍車がかかるばかり。
 不安にさいなまれながら学校に行くけど、クラスメートは思ったより普通に接してくれる。はてさてどうしたものかなと思っていたけど、授業中、くしゃみした拍子に口から火が出て、前の席の男子の髪を焼いてしまい……

 ということで、眞藤雅興先生の『ルリドラゴン』のレビューです。
 ある日突然自分が龍と人間のハーフであると知らされた少女と、その少女を取り巻く世界の、大きそうで大きくないでも少し大きい蹉跌を、かわいらしく、ユーモラスに、ファンタジックに、そして時たまヒリリと生々しく描く、なんだろう……青春の物語、なのかな?

 そんな本作ですが、最大のフックは当然、主人公のルリが龍と人間のハーフであるという事実です。
 ある朝目覚めたら、何の兆候もなく生えていた角。痛みも違和感もなく生えていたそれは、鏡で見て初めて気づくようなものでした。
 明らかに他の人には存在していない異物。でも母親はそれを、
「実はあんたのお父さん 人間じゃないんだよね」「お父さんも角生えてるから」「あんた 人と龍のハーフなのよ 父親が龍だから」
 と、まるで、子供の頃に水疱瘡にかかっていなかったからそのうちかかるのかなと思っていた、くらいの軽いノリで驚愕の事実を告げてくるのです。

 物語の世界観として、龍や妖怪が跋扈していたり、悪魔と天使の大戦が控えているようなものではない、現実の世界とよく似たもののようなので、言われたルリがその事実に目を白黒させるのは当然だし、他の人間が彼女の角に興味津々なのもむべなるかななのですが、その事実に接して前後不覚になるほどの恐慌に陥ることはないし、周りも腫れ物に触るように遠巻きにするわけでもありません。受け入れ方が、非常に親和的なのです。
 その意味で、とてもやさしい世界。フィクションと言えばあまりにもフィクションなのかもしれません。
 でも、それが悪いかと言えば、全然そんなことはなくて。

 今まで普通の人間だと思っていて、あまり話したことはなくてもコミュニケーションは普通にとれる(と感じていた)クラスメートが、ある日を境に角を生やし、火を吐く。
 角に火。
 普通の人間(とりあえず、人間同士から生まれた人間)にはまずありえない特徴ですが、はたしてその特徴の顕現は、その人間の評価をどこまで変えうるものなのでしょうか。
 その角で人を突き殺しまわるわけでもない。その火で辺り一面火の海にするわけでもない。昨日と同じ頭に角が生え、昨日と同じ口から火が出てしまった(一度不意に吐いてしまった以降はほぼ制御可能)彼女は、それ以外のパーソナリティに何か昨日と変わるところはあるのだろうか。
 あると言えばあるし、ないと言えばない。
 友人と喧嘩した。恋人と別れた。そんな一山いくらのイベントで、それまでと性格が多少なりとも変化してしまうことは誰しもあるでしょう。角が生え火を吐けるようになったことで、性格に何らかの変化が起こってもおかしくはありませんが、それは前記のようなケースと大差ないのではないのか。
 登場人物たちはそのような考え方を裏付けるように、ルリへの態度を常識的な範囲以上に変えはしないのです。
 もちろん彼女を遠ざけたり、恐怖を覚える者もいます。「みんな わたしのこと怖くないの?」と恐る恐る尋ねたルリに、「実はあたし ちょっと怖いけどね」と正直に言ったクラスメートもいます。一緒に食事をしようと誘ったらはっきりと避けたクラスメートもいます。
 でもそれは、たとえば「あいつ昨日喧嘩して他校のやつを病院送りにしたんだって」というクラスメートの避け方と大差ないレベル。むしろそれより軽いレベルです。
 でも、角が生え火を吐ける龍と人間のハーフという突拍子のないことがわが身に降りかかった者だろうと、そう露骨に避けられれば気にしないわけはないし、傷つかないわけはありません。その理由が何であれ、周囲の人間から恐れられて平気な者などいないのです。
 その意味で、ルリの悩みや苦しみは等身大。
 でももちろん、彼女に降りかかってきた事件はあまりに突拍子もなく前例も聞いたことがなく、その意味で悩みや苦しみは無限大。
 その両者のバランスがかわいらしく、仰々しくなく、心地よいバランスで物語が進んでいきます。
 ルリも、母親も、ルリの一番の友人ユカも、担任もみんな、目の前の珍事に慌てながらも真剣にいろいろあれこれ考えながら、でも肩肘を張る風でもない長閑な空気感を漂わせているのが、とても印象的なのです。
「まあ普通の人間社会でもよくあることです 普通とは違う特性を持った人がいることなんて」
 これはルリの担任教師のセリフですが、ルリの特性をこう言い放つ彼の言葉が、この作品のスタンスを端的に表していると言えるでしょう。
 龍と人間のハーフなのは、大変なことではあるだろうけど、変なことではないのです。
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 こちらが第一話。
 「なんかわたし 人間じゃないらしいよ」と、友人に戸惑いながら言えるくらいの 日常と不思議のバランス感覚。
 現在休養中で連載は止まっているようですが、一刻も早い回復をお祈りする所存です。再開楽しみ。

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生き抜け!この爛れた世と爛れた生徒会で!!『生徒会にも穴はある!』の話

 日々の仕事とか、人間関係とか、疲れて色々どうでもよくなるときって、大人にはあると思うんですよ。
 そういうときには、どうでもいいものを摂取して心のタガをどうでもいいくらいにゆるくしちゃうのがいいと思うんですよ。
 具体的には、かわいいキャラが下ネタメインでドタバタしてるギャグ漫画とか。
 そんな心のカンフル剤というか、バカの魔剤というかが、先日発売されたむちまろ先生の『生徒会にも穴はある!』。

 国語だけは成績いいのに理系科目が壊滅的なせいで留年の危機にある高等部1年男子・水之江梅が、内申書アップのため、やる気のないクズ担任・平塚敏深に半ば騙されるようにして生徒会に放り込まれると、そこに所属しているのは一癖も二癖もあるやつばかり。

(1巻 8p)
 生き物大好きで慈愛溢れる、だけど平気で男子の股間に蹴りを入れられる高等部2年の会計・照井有栖。会計としての腕は天下一品。笑顔が怖い?人間味が感じられない?だから何?

(1巻 10p)
 PCや物理は超高校級、メスガキムーブ大好きの美少女、と見せかけてアレがついてる中等部3年男子の広報・尾鳥たん。パソコンの天才だ。校長だってぶん殴ってみせらあ。でも股間に蹴りを入れるのだけは勘弁な。

(1巻 86p)
 背も生命力も気力も危機感も足りないのにバストだけは人並み以上、高等部1年の庶務・陸奥こまろ。通称こまろ。自慢のバストに男はみんなイチコロになりそうだけどいろいろ不憫すぎて劣情を催すのが申し訳なくなる。ハッタリもかませず何を頼んでも失敗しそうだぜ。

(1巻 12p)
 そしてそんな問題児どもをまとめあげるのが、高等部3年の生徒会長・古都吹寿子。彼女のような天才生徒会長でなければ、百戦錬磨どものリーダーは務まらん(ただしむっつり)。

 とまあこんな特攻野郎生徒会チームが繰り広げる、エロありシモあり稀に青春ありのドタバタコメディなのですよ。
 令和にAチームパロディをすることの是非はともかく、冷たい目で他人を足蹴にできる(けど自分の貧乳はコンプレックスに感じている)細目女子、メスガキムーブする男の娘(合法乳首券絶賛発行中)、不憫な無能トランジスタグラマー、有能ナイスバディなむっつり生徒会長と、週マガはいたいけな男子たちの性癖を捻じ曲げにかかっているとしか思えません。
 それ以外にも、高身長(193cm)にコンプレックスを覚えるかわいいもの大好き風紀委員や

(1巻 71p)
胸元が無防備なやる気なしアラサー女性教師(自慰は玩具を使ってゆっくりへとへとになるまでやるために週末にしかできないので金曜はウキウキで帰宅するタイプ)

(1巻 1p)
 などもそろっているので、非常に広範囲の層に訴求できそうですね。
 ちなみに女性教師の自慰についてのこだわりは別に私の妄想ではなく、コミックスの巻末おまけに描かれていることです。むちまろ先生が最初このキャラを編集者に説明したときに深みが足りないと言われ、続けざまに「じゃあ自慰シーンを考えますか」と正気を疑うような提案をされた上でほぼ即答したのが↑の説明なのです。編集者も作者も両方やべえやつってことですね。
 でも、それでちゃんとキャラが立っていくのだから、意外に侮れないやり方なのかもしれません。いやすべてのキャラに自慰のやり方を設定しろというのではなく、性欲や食欲などの人間の本能に根差すものを考えることでそのキャラがどんな奴なのか深まるのではないか、ということで。

 自慰のこだわりを縷々述べてもしょうがないので話題を変えると、貧乳キャラの胸板の部分、すなわち胸骨の上部に肉がついてなくて骨が浮き出てると、身体つきの描き方にこだわってるなと感じますね。あの骨ばった感じがあると、細いって以上に肉付きが薄いって感じがしますもん。
 あと、いくら美少女っぽい見た目でも、女子用スク水着てても、肩から胸骨のあたりが筋張っていて筋肉がついているように描かれてると、ちゃんと男子っぽく見えるようになるのにも、とてもこだわりを感じます。華奢でも男子なんだなと。俺がゲスな達也だったら「きれいな乳首してるだろ。ウソみたいだろ。男なんだぜ。それで」というような顔なのに。
 ……あんまり話題変わってなかったですかね。

 とにかく、頭からっぽで夢詰め込めるような状態でもヘラヘラゲスに楽しめる、そんなギャグ漫画なのですよ。尖った性癖にも刺さるかわいいキャラの下ネタが渦巻く中に、意外にグッとくる青春ぽさがハレー彗星くらいの周期でやってくるのがいい塩梅。好きなキャラ?ぼくは古都吹寿子ちゃん!
 とりあえず第一話をば。
pocket.shonenmagazine.com
 改めて見ると連載初回からひっどいタイトルだな……。でも、そういう作品だと初手からわかるのでよいと思います。

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