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漫画の話です。

『ブランチライン』欲望の素直な肯定と身軽で気軽な姿の話

 新刊の出ました『ブランチライン』。

 4巻を読んで感じたのは、この作品は人の素直な欲望を肯定してくれるんだな、ということでした。
 どこで感じたかと言えばいろいろあるんですが、やはり象徴的なのは、4巻で初登場した月子です。
 老齢ながら、YouTuberとして自分の好きなものを紹介する番組を配信している彼女。自分のもとを訪れた仁衣から「また物が増えた」と驚きながら言われても、「そうなの 収集癖が年々ひどくなって」と屈託なく同意し、仁衣と同行した山田から「装飾品 お好きなんですね」と皮肉でもなく言われた感嘆にも、「何の役に立つんだって感じでしょ でもねー みんなとってもかわいくて 見てるだけで楽しくなっちゃうの」と5%の諧謔と95%の喜びで返答しています。
 自分の好きなものに衒いのない月子の姿はとても軽やかで、他人の目とか今後の不安とか、そういう余計なものを脱ぎ捨てたかのような素朴な美しさを感じさせます。
 彼女の家を辞した後に仁衣が山田に言った、「月子さんはいつもだいたい快諾で いつもご機嫌なんだ 好きなものにかこまれてるからかもなー」という言葉は、月子の在りようを端的に示しています。
 好きなものに囲まれているからご機嫌。
 自分の好きなものが何かわかっていて、そこから自然に喜びの感情を得ている。素直さ。素朴さ。朴訥さ。自然さ。世間のしがらみから解き放たれて、地面から3cmくらい浮かんでいそうな自由さ。そういう感じです。

 好きなものは好きでいい。自分の欲望は素直に認めていい。
 こういうことを言うと、人を害したいとか見下したいとかそういうネガティブな欲望も認めていいのか、みたいな半畳も入りそうですが、そういう半畳を脇に置いた、人間に備わっていてほしい・・・・・素朴でささやかな善性を信じた上での、欲望なんです。それをみんな持ってれば、世界もすみやくなるよなって思えるやつなんです。それはたしかに欲望なんだけど、その欲を満たしている当人の姿が他の人にまぶしく映り、マネしたくなるような、そんな欲望。

 そういう、自分で満たす自分の欲望以外にも、他者から満たされる欲望もあります。
 たとえば、山田が仁衣から思いもかけずに投げかけられた「宝もの」という言葉。家に帰ってベッドの上で一人、山田はその言葉を噛みしめ、あまりにもストレートにうれしさを表明しています。
 他者から肯定される喜び。自分を認めてくれる喜び。あなたは私にとって大事な人ですよ、と表明してもらえる喜び。
 一言で言えば、愛、ですかね。
 本作では、けっこう気軽に愛という言葉が使われます。それは男女間のみならず、親子間や姉妹間、親族間など、広い間柄で。
 4巻で印象的だった愛の使い方は、仁衣が山田について語った言葉を、太重が評したものでした。すなわち、山田のことを「いつも幸せでいてほしい子なんだよね」と言った仁衣の言葉を「愛の言葉」と表したものです。
 誰かに幸せでいてほしい。誰かを肯定し、認め、大事な人だと表明する、祈りにも似た思い。それが愛。
 この素朴さは、上で書いた月子のような欲望に通じるところがあります。素直で、自然な欲望。それは、自分で満たすのでも他者から満たされるのでも、ともにことほぐべきものであるように描かれていると思うのです。
 
 『ブランチライン』に限らず、池辺葵先生の作品を読むと、自分の欲望に素直になっていいんだなと思えます。自分の欲しいものを手に入れたら素直に喜んでいい。自分のしたいことをできたら素朴に嬉しがっていい。ともすると、別にどこにもない世間の目なんてやつを気にして湧き上がる感情を抑えようとしてしまったりすることもありますが、そんなことしないでいいんだ、自然に喜びに身を任せればいいんだと思えるのです。そうする姿は、月子のようにとっても身軽。
 自分の好きなもの、好きな気持ちををふと見失いそうになるとき、池辺先生の本を読むと、すっと靄を晴らしてくれるようです。

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