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漫画の話です。

『メダリスト』『3月のライオン』敗者と勝者のメンタリティの話

 今一番アフタヌーンで推してる作品『メダリスト』。

 最新刊では全日本選手権の予選にあたる、ノービスAの中部ブロック大会に出場します。
 さてこの作品、しばらく前から羽海野チカ先生の『3月のライオン』と似通うところがあるなと思っているんですが、5巻に登場するエピソードで、プレイヤーたちの勝利/敗北に向けた心の描き方について改めて思ったことがあるので、今日はそこを。

 いのりが出場したこの大会は、いのりと同世代の子、すなわち小学校高学年から中学生くらいまでの子供たちが出場していますが、作中で述べられていることには、アイスリンクの上というのは「ツルツルというかもはやヌルヌル」であり、「氷という不安定な物質の上では「絶対の成功」はあり得ない」のだとか。
 その言葉どおりほとんどの選手は、どれだけの練習を重ねてきても、なんらかのミスをしています。ジャンプの後にバランスを崩す程度の小さなものから、完全に転倒し鼻血を出してしまう大きなものまで、大なり小なりミスは起き、事前に練習したとおりのパーフェクトな演技ができることはめったにありません。
 そして当然、今まで血反吐をはくほど練習してきた選手たちに、ミスが起きた瞬間にそれに気づきます。気づいてしまいます。今日の自分の演技はもう完璧ではない。これ以降いくら頑張っても満点にはなりえない。それを悟ってしまうのです。
 しかし、にもかかわらず、選手たちは演技を続けなければいけません。
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(5巻 p95)
 この選手たちの心境で思い出したのは、『3月のライオン』の獅子王トーナメントの決勝戦で、島田八段と後藤九段が対局したエピソードです。
 一勝一敗でもつれ込んだ最終戦、学校から将棋会館へと駆け込んだ零を待っていたのは、冷静な様子でインタビューを受ける後藤と、盤の前で俯いている島田でした。知らぬ者から見れば、後藤九段の勝利に終わったように思えますが、あにはからんや、勝ったのは島田八段でした。

――何度も見て来た… 対局直後のこの光景
負けを悟った側は対局中に最後の一言に向けて心を整理してゆくが
勝つ側は 最後の一瞬まで読み違える事がないよう 張り詰め続ける
3月のライオン 3巻 p180)

 この後藤九段のように、負けを悟った側は案外と冷静になっているもので、それは上で引用した『メダリスト』の選手たちも同様です。もう優勝は無理だと悟った選手たちは、頭の片隅から諦めに染まっていくのですがそれでも、振り付けを叩きこまれた身体は、音楽に合わせて半ば無意識に演技を続けます。そしてなんとか精神を持ち直すのです。たとえ、優勝ができずとも、それでもいままでやってきたことを投げ出すようなことはしないのだと。
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(5巻 p97)
 将棋には投了があり、ある段階で敗者が完全に負けを認めることができる点で、既定の演技時間があるフィギュアスケートに比べれば、もっと早い引き際がありえますが、それでも完全に詰みとなるまであがき続け、いつかは自ら負けを認めざるを得ません。
 演技が終わる前からもう勝てないことが分かっていても、それを知りながら最後までやり遂げる。その、ある意味での敗者の心境には、『3月のライオン』で描かれているものと通じるところがあります。

 そして逆に、勝者の側でもそのメンタルには通じるものがあります。
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アフタヌーン 2022年4月号 p270)
 これは5巻未収録の話なのでネタバレになってしまいますが、主人公のいのりは、その日まだ他の誰も達成していなかった高難易度&ノーミス演技の最終盤、自らの演技の完成度を自覚し、それゆえに高いプレッシャーにさらされながらも、「最後まで気を抜かない」と自分に言い聞かせて演技を終えます。
 将棋で、「勝つ側は 最後の一瞬まで読み違える事がないよう 張り詰め続ける」ように、フィギュアでもまた、「最後まで気を抜かない」で演技をしきることが必要なのです。
 ま、これはあらゆる競技や勝負事で共通のことではありますが。

さらに付け加えると、今までキスアンドクライに座っていた一位の選手が、後続の選手に追い抜かれて、その座を譲るシーン。
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(5巻 p123)
 これもまた、己の負けを素直に認めなくてはいけないものです。
 暫定であろうとトップをとれていれば嬉しいでしょうが、後続の選手の演技を見ていれば、自分より高得点かどうかある程度わかるでしょうし、仮に僅差でその場ではわからなくても、点数は無情に表されますから、自分より高得点が出ればその瞬間に判明します。キスアンドクライは常に不安定で、自分がどれだけいい演技をしようと、自分より後の選手がそれ以上の演技をすれば、それで終わりなのです。優勝は、すべての演技が終わるまで確約されません。負けが分かった瞬間に、その座を明け渡さなければいけません。負けを認めて、なお見苦しくなく振舞わなければいけないのです。
 これもまた、「負けを悟った側は対局中に最後の一言に向けて心を整理してゆく」敗者のメンタリティに通じるものがあるでしょう。

 今日は勝者と敗者のメンタリティという類似点を考えましたが、『メダリスト』と『3月のライオン』には、才能の描き方という点でも相通じるものがあると思っていますので、それがまとまったらまた書きたいと思います。



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