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漫画の話です。

美少女(30代男性)が行く世界危険なグルメ旅『鍋に弾丸を受けながら』の話

 危険な場所にほど美味いものがある。世の中にはそんな信念を持ったイカレた人間がいます。
 長年に亘る二次元の過剰摂取ですべての人間が美少女に見える。世の中にはそんな脳みそを持ったイカレた人間もいます。
 不幸にも、あるいは幸運にもこの二つのいかれた狂気が同居している男・青木潤太朗(30代 男性)が、世界の危ない場所で100点満点中5万点のものを食べてきたルポ漫画。それが本作『鍋に弾丸を受けながら』です。

 美味しいものって何でしょう。
 カレー。おいしいよね。
 寿司。おいしい。
 ラーメン。おいしいです。
 ハンバーグ。もちろんおいしい。
 フランス料理のフルコース。おいしいにちがいない。

 私の「おいしい」のレパートリーが昭和の小学生レベルなのはともかく、日本にいれば美味しいと思えるものにはいくらでも会えます。でもそれは、平均以上をコンスタントに超えてくる美味しさ。いわざ優等生的な美味しさ。
 それが悪いわけではございません。むしろそれはとっても幸福なこと。
 しかし、漫画の原作や小説を生業としている男・青木潤太朗氏が、趣味の釣りと旅行で世界を股にかける中で出会った食事。それは、日本で安穏と暮らしている私たちでは出会えないくらいハチャメチャに美味いものだったりします。
 氏の友人Kのセリフを引用すれば
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(1巻 p10)
 です。
 20点か5万点。ネコもまたいで通るようなものを口にする可能性もあるけれど、人生観が根底から揺さぶられるような超絶美味いもんを食べられるかもしれない。「グルメなどでは絶対に赴かないはずのエリア」にはその可能性があるのです。

 グルメでなどでは絶対に赴かないはずのエリア。
 たとえば、不正選挙真っただ中のザンビア。賄賂が原因で銃撃戦をやってる。
 たとえば、イタリアンマフィアが根を張るシカゴのストリート。車のカギを忘れても銃を忘れてはいけない。
 たとえば、自然あふれるブラジルはアマゾナス。自然があふれすぎてすぐそこに人間を丸呑みできるようなクロコダイルがいる。
 こんな例が枚挙にいとまがないほど世界を旅している青木氏。そんなところにいる人々は、まあ基本的にはおっかない人達ですから、氏の体験をそのまま漫画にしてしまうと、紙面から汗と血の臭いが漂いかねません。飯漫画なのに。
 でもご安心。「長年に亘る二次元の過剰摂取ですべての人間が美少女に見える」重い病気にかかってしまった氏のフィルターを通せば、どんな強烈な絵面も
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(1巻 p15)
 これこのとおり。これで安心だね。

 で、そんな危険と隣り合わせの場所で出会った食べ物は本当に美味しかったと氏(美少女)は言うのです。
 たとえば、「マフィアの拷問焼き」と物騒なあだ名で通称される、ロモアールトラボ。塩水を含ませたオーガニックコットンでくるんだ牛肉を焚火で外の布が黒焦げになるまで焼いた、要は牛肉の塩釜焼きなのですが、「ステーキの赤いとこ」が9割を占めるようなその完成品は、閉じ込められた肉汁で味が濃く、焼けた香ばしさが鼻を抜け、それでいて焼きたてステーキのように熱々。
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(1巻 p18)
 たとえば、緑色して全然熟していないように見えるオレンジをしこたま絞ってできたオレンジジュース。「一瞬自分がビタミン欠乏症でも起こしているんじゃないか疑った」レベルに味が濃く、鮮烈。「私がこれまで飲んでいたオレンジジュースとは一体……」と美●しんぼみたいなことを思ってしまうレベルにカルチャーショックを味わう代物です。
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(1巻 p67)
 たとえば、一本17000キロカロリーを誇る、パウンド・フォー・パウンド(同サイズで比較したカロリー量)で米国最強のエルビス・サンドイッチ。二つに割ったフランスパンにバターとベーコンとジャムとバナナを挟んで油で揚げて粉砂糖を振ったそいつは、ロックの王様エルビス・プレスリーの好物で、それを食べすぎたがために早死にしたとさえ言われるカロリーモンスターだけど、いざ実食してみると、信じられないくらいスイスイパクパクいけてしまうといいます(甘じょっぱくて油たっぷりの炭水化物、すなわちカツ丼をがつがついけるのと同じ理屈だとかなんとか)。
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(1巻 p108) 
 この異文化の料理たちを食べる美少女(30代男性)が、ただ美味しいと言うのではなく、カルチャーショックを受けるレベルで美味しがっているものだから、どいつもこいつも非常に美味しそうに見えるのです。オレンジジュース、すげえ飲んでみたい。

 意外なのは、この作品に登場する食べ物はどれもこれも、決して想像もできないような奇抜な食材を使っていたり、突飛な調理法をしているわけでありません。食材や調理法は知っているものっだり思いつくものだったりするんです。でも、その食材自体のレベルが日本では手に入らないものだったり、日本人ではまず思いつかないくらい過剰に手を加えているものだったりすることで、驚天動地の5万点が炸裂するのです。
 想像はできるのに、その想像の上限を遥かに飛び越えていくような食べ物たち。読めばなるほど、これは現地に行かなきゃ食べられないなと思ってしまいます。いや、エルビス・サンドイッチは作ろうと思えば全然作れるレベルですけど、それを作る胆力ですよね。17000キロカロリーをこの世に現出させる胆力。

 自然の驚異的な意味で危険なところもあれば、治安的な意味で危険なところもありますが、どんなところであれ、そこにはそこで暮らす人の文化が、もっとミクロに言えば、生き方があります。そしてその生き方は、世界でも屈指の安全さを誇る日本で暮らす大部分の人たちには、すんなりと飲み込みにくいものばかり。でも、美味しいものは国境を超える。美味いから食ってみろと言われて食べたものが美味しければ、食べ物と一緒にそのカルチャーも腑に落ちます。というか、落とすしかないです。
 受容しろというのではない、従えと言うのでもない、ただ、その世界でそう生きている人を知れ、ということです。同じものを美味しいと思える相手が住んでいるその世界を。
 本作は飯漫画であり、同時に異文化を異邦人の目で見つめる漫画だともいえるでしょう。
comic.webnewtype.com
 これを読んで「よし、マフィアの拷問焼きを食べにメキシコ行くぞ!」とはなかなか思い難いですが、それでも世界にはこんなべっくらこくほど美味いものがあるかと思うと、それだけで少し世界を見る目が広がりますね。



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