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漫画の話です。

知の美しさと過去からの集積 『チ。』と『はじめアルゴリズム』の話

5巻が発売された『チ。』。

地動説に文字通り命を賭けた人間たちが、また命を消し、そして次の誰かへと知をつないでいく。相変わらず、残酷さと感動が同居しています。
さて、『チ。』とは別に、最近『はじめアルゴリズム』を集め始めまして。ざっくり言えば、とある島で暮らす、天才的な数学の素養を持つ少年ハジメが、同じ島出身の老数学者内田と出会い、今まで狭い世界で独りで発展させていた数学の能力を、外の世界に出て広く伸ばしていく、というお話です。
このように、数学が主要なテーマとなっている物語なんですが、そこでの数学の捉え方に、『チ。』と通じるものを感じたのです。

以前の記事でも書きましたが、『チ。』には理論の美しさに大きな価値観を置いています。
『チ。―地球の運動についてー』理論の「美しさ」の意味と価値の話 - ポンコツ山田.com

全ては連鎖して調和してる? 全宇宙が一つの秩序に則って動く?
全部ウソだ。 惑星はバラバラなんだ。
そうだ。 そうじゃなきゃ。
あんな巨大な天が、 一つの発想で、
こんなに合理的に、 動いてしまったら、
この説を、
美しいと、思ってしまうッ!!
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(1巻 p60~63)

複雑で、例外の多いものは美しくない。簡潔で、合理的で、調和している理論には美しさがあり、その理論に美しさを感じるがゆえに、命さえ投じてしまう様。
そのような、一見科学などとは縁遠く思える価値観ですが、これが『はじめアルゴリズム』でも言われているのです。

「君は数学にとって重要なものが何かわかるか?」
「………… けいさんのうりょく? ?」
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「? 感情… みたいなもの?」
「感情の出どころみたいなものだ 「こころ」と言ってもいい」
「そんなもの数学と何の関係があるのよ?」
「美しいものを美しいと感じるこころの目 情緒とは「世界」と「自分」の間に通された道のようなものだ
情緒を通して「問い」が開く」
(はじめアルゴリズム 1巻 p66,67)

老数学者である内田は、「数学にとって重要なもの」を「情緒」、すなわち「美しいものを美しいと感じるこころの目」だと言うのです。「情緒」があるからこそ「「世界」と「自分」の間に通された道」」から「「問い」が開く」のだと。
ここで、『チ。』と『はじめアルゴリズム』が「美しさ」でつながるのです。

地動説を扱う『チ。』では天文学が主に登場しますが、農業や暦と重要な関連のある天文学は最古の学問の一つです。その延長として、天動説や地動説があるのですが、その天体の軌道の計算には、当然数学が関わってきます。天文学の発展に数学は必須でした。その意味で、この二作品がつながるのも必然なのかもしれません。

ちなみに、上の引用文で内田が触れている「美しさ」は、主に自然に囲まれた島の美しさ、すなわち、一般的な意味でつかわれる「美しさ」ですが、ハジメは『チ。』で言われている「美しさ」にもきちんと反応しています。

何か違う……… もっときれいな道が…
あるような……
(中略)
アレ? テジマ?
…… あ
これテジマの式……
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(はじめアルゴリズム 2巻 p10,13)

フェルマーの小定理について、二項定理を用いた独自の解法で解いていたハジメが、同じく天才的な数学の素養を持つ少年テジマと出会い、彼の書いた、よりスマートな解法を見てつぶやいたのが、上のコマです。テジマ曰く「幼稚な方法」であった自分の解法に比べ、より合理的なテジマの解法を見てハジメは「すごい きれい」と独白しました。『チ。』でラファウが地動説に基づく合理的な天体運行図を見て「美しい」と思ってしまったように、ハジメもまた、合理的な解法を見て「すごい きれい」と感じるのです。
通じるものがありますね。

また『はじめアルゴリズム』では、こんなことも言っています。

これが「数学」だよ
これが人類が築いてきた数学という道 お前と同じことを考えてきた人々が築いてきた道だ
ほとんど一から歩いてきたおまえの道 それはそれで素晴らしい
だがそれはいわば獣道 おまえは人の創った道を知らねばならん
数学を学ぶんだ そうすればおまえはもっと遠くへ行ける
(はじめアルゴリズム 1巻p59~61)

数学は、多くの先人が長年にわたり未知という藪を切り払ってきたからこそ、後世の人間がその道をとおって、より遠くまで行けるようになるというのです。
以前のこの記事(『チ。―地球の運動について―』積み重なる知の価値の話 - ポンコツ山田.com)でも書いたように、『チ。』でも、C教が猛威をふるう世界の中で地動説を信じた人間たちは、その灯を絶やすまいとなんとかしてその考えを後の世に伝えてきました。また、天動説を信じた人間も、その考え方自体は正しくなかったとしても、自説を確立すべく精密なデータを大量にとり、結果としてそれが地動説をよりブラッシュアップすることにつながりました。今までの知が積み重なっていくことで、より洗練された、妥当性の強い知が生まれ育っていくのです。

このように、知に対して「美しさ」を感じるという感性(情緒)と、過去から知を積み重ねる(積み重ねてきた)ことで、今の知が存在し、未来にもつながっていくという謙虚さ。『チ。』について書いたその二つともが、『はじめアルゴリズム』に見出せるのです。
まだ『はじめアルゴリズム』は、全10巻の内6巻までしか購入してないのですが、内容をかみしめつつ、じわじわと集めていきたいですね。



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