無口で無愛想な、高校3年生のみかこ。友情、恋愛、受験。変わり映えしない日常にも、変化の波はそろそろと忍び寄ってきて、その気配はまだ変わる準備のできていないみかこを戸惑わせる。昨日と今日。今日と明日。過去と、今と、未来と。流れる時間の中で、彼女は何を思い、どう変わるのか……
- 作者: 今日マチ子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2009/10/23
- メディア: コミック
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特筆すべきは、メタファーを真っ向から用いて表される少年少女の心理。ピンクのリップバーム。携帯電話。非常口。i-podのイヤフォン。ペディキュア。日常にありふれているそんなものたちが見せる一面を彼/彼女がどう感じ、それが日常の中で揺蕩っている彼/彼女の心とどうリンクするのか。わかりやすいようで解釈には幅があり、地の白の上で浮かび上がる淡くも鮮やかな色遣いと絡み合って、想像するキャラクターたちの心中もカラフルな翼でもって飛翔していきます。
主人公である、無口無愛想なみかこ。その隣の席で、やっぱり無口無愛想な美大志望の緑川。みかこの友人で、彼女とは逆によく喋りよく笑いよく怒るナオコ。みかこに接近する、かっこ良く性格良く頭も良いカトー。主な登場人物はこの4人ですが、主に悩みが前景化するのはみかこと緑川。特に序盤は、性格や態度が明快に描かれるナオコやカトーと対照を成すために、彼女と彼の心は迷いと怯えのメタファーで暗く彩られています。
将来の進路について、否が応でも突きつけられる高校3年。卒業後の進路が10年後20年後に直結するわけではなく、それどころかまるで関係ない道へ進むかもしれないのに、これこそ人生の一大事と周りは騒ぎ立てる。保育士になろうとあっけらかんと決めるナオコに、家業のクリニックを継ぐために医学部を志すカトー。その明快さが、自分がどうしたいのかもよくわからないみかこや、美大志望という道の険しさと肩身の狭さに居心地の悪さを覚える緑川を責めたてる。隣り合った席の縁か、将来への不安の共感か、はたまた運命とかいう怪しげなもののせいか、少しずつお互いが気になりだすみかこと緑川。でも、みかこにカトーが接近し、緑川は美大予備校に通うことで同志を見つけることで、メタファーも明るくなり始める。どんな形であれ、自分に寄り添うものがあると、人の心には余裕ができるということですね。
で、それと対をなすように、今まで明快さをもっていた、言葉を換えれば一面的でしかなかったカトーとナオコの心に、迷いや不安、あるいは深みが滲み出てきます。ナオコとカトー、カトーと緑川、緑川とナオコと、今まではみかこを介して繋がっていた他のキャラクターたちも、それぞれがそれぞれに関係を持つようになり、今までは顧みられることのなかった心の扉がそこかしこで開き始めます。こうして思春期の少年少女の心の波は影響しあいながらうねりだし、荒ぶる大海へとつながっていくのです。
1話が短いから詰め込める情報量は限られるけれど、それを逆手に取るような大胆なメタファーの使い方が、ページ数以上にキャラクターの心理を広げていきます。セリフも決して多い訳ではありません。むしろ簡素で言葉少な。でも、何かを匂わせるような余計な言葉がないからこそ、必要なものさえ足りないかのような簡潔さだからこそ、その裏側には何かがあるのではないかと読み手に思わせるような、そんなメタファー使い。絵の中の空白の多さとあいまって、まるで俳句のように、空の中で意味が生まれています。それを考えることの、なんぞ楽しからずや。
web上で全話読める上に、今日マチ子先生の意向によりクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下で提供(ライセンス条件は、「クレジット表示」「非営利利用のみ」「改変禁止」)されています。この条件内でさえあれば、ブログやSNS日記などに自由に作品を転載することができるのだとか。とりあえず、それに則って第1話を転載させていただきましょう。
以降の話はこちらで読めます。
『みかこさん』今日マチ子
無料で読めるものですが、いい色遣いの作品は、画面上ではなく紙で手に持って見たいなと私なぞは思うのですよ。
なにはともあれ、まずはお読みくださいな。
本人のブログはこちら。
今日マチ子のセンネン画報
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