無口で引っ込み思案、人前でしゃべるのなんて大の苦手の佐倉ハナは、就職のために上京するも、出社初日から失敗ばかりで同期の輪にも入れず、一人公園のベンチでホームシックを噛み締めていた。するとどこからともかく聞こえてきた朗読の声。それは声だけで情景をありありと想像させ、同時に、ハナの輝かしい思い出である小学校一年生の時の学芸会を蘇らせた。声に導かれるようにしてハナは、公園の近くにあった朗読教室の門を叩く。それが彼女の朗読との出会い、否、再会だった……
花もて語れ 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
- 作者: 片山ユキオ
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2010/09/30
- メディア: コミック
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漫画の素敵なところに、普段知らなかった世界を簡単に覗き見させてくれる、という点があるのですが、本作品もその一つ。小学校の記憶を紐解けば誰しも蘇るであろう朗読ですが、当時は恥ずかしいなめんどいなと思いつやっていたそれが、実はこんなに奥深いものだったのかと、蒙を啓かれる思いでした。
幼い頃に両親と死別し、生来の内気に拍車のかかった少女・佐倉ハナ。大学卒業まで叔母の家で過ごし、最低限の人付き合いは出来ても誰かに心を開くということをほとんどしてこなかったのですが、そんな彼女がほぼ忘れかけていた美しい思い出。それが小学一年の学芸会での朗読役でした。
田舎の小さな小学校なので、一年生から六年生、全員合わせて11人。両親を亡くしたばかりでいっそう自分の殻に閉じこもっていたハナにも、ナレーション役が回ってこざるを得ませんでした。恥ずかしい、でも自分もやりたい。その二つの気持ちに挟まれていた彼女に助け舟を出してくれたのが、教育実習へ来ていた朗読好きの青年・折口柊二です。空想がちなハナの独り言を偶々聞いていた彼は、朗読に大事なセンスをハナが持っていることに気づき、彼女のナレーションの練習を手伝ってくれました。学芸会の演目は『ブレーメンの音楽隊』。折口の指導を受けたハナは、普段からは想像もつかない声量と表現力で、会場を感動の渦にたたき込みました。
といって、それで彼女の性格が一変するわけでなく、友達もできはしましたが、ハナは内気な少女のまま成長し、上京する事になりました。ですが、希望に燃えていた当初の気持ちはどこへやら、相次ぐ失敗と生来の内気が災いし、入社初日にして田舎へ帰りたくなってしまいました。そこへ聞こえてきた、美しい朗読の声。「やさしくって、切ないような…… 難しい文章なのに、不思議と情景が目に浮かぶ」その声に導かれ、ハナは朗読教室の門を叩いたのです。
空想好きが昂じてか、朗読に才能を発揮するハナ。新入社員の研修でつい「朗読が得意」と口走ってしまったために、彦持っている得意先の社長の娘の前で朗読をする羽目に。ですがそれが、彼女の才能を再覚醒するきっかけとなっていったのです。
メインテーマである朗読。それは「文字情報を声で読みあげる=受け手は聞くことで情報を得る」という性質を持つものなわけで、果たして「絵と文字で表現する=受け手は見る(読む)ことで情報を得る」漫画でそれをどう表現するのか、というところがポイントなのですが、なんというか、これが実に届きます。
もちろん漫画なのですから音声は受け手に聞こえません。代わりに朗読の文章と共に、内容(ストーリー)を表す絵が牧歌的な絵本風に描かれているのですが、それだけではない。作中で大きく触れられた朗読作品は『やまなし』(宮沢賢治)、『花咲き山』(斎藤隆介)、『トロッコ』(芥川龍之介)ですが、それらの文章について詳細な分析(解釈)があります。
朗読で大事なこと(そしてハナが自然とできていること)が「視点の転換」であると作中では言われていますが、それは黙読ではなかなか気づきがたいもの。漫画であるこの作品自体、音読する人も少ないでしょうから、朗読をしているキャラクターが描かれても、そこで朗読されている文章そのものから、実際に朗読を聞いているかのような視座の転換を読み取るのは難しい。そこに、絵と共に、細部に亘る文章の解釈を入れることで、登場人物の、そして書き手の気持ちがありありと浮かび上がってくるのです。『トロッコ』での、文末でわずかに表れる過去形か現在形か、あるいは現在完了形かなどの違いで、その地の文が作者の視点によるものなのかそれとも登場人物によるものなのかが読み解けるというのは、目からうろこでしたよ。
理屈っぽいと思われる向きもあるかもしれませんが、逆に考えるんだ、今まで軽んじていたようなものにもきちんと理屈付けられる体系があると考えるんだ。私はそういう理屈をめっぽう好んでしまうので、とても面白く読めています。
黙読ではわからない、声に出すから届くものがある。この作品は朗読についてそう言っています。そしてそれは、内気で無口に生きてきたハナにも通じるもの。それがいけないわけじゃない。でも、言わなきゃ届かないものは確かにある。口にだしてみれば「こんな簡単なことだったのか」と思うことだってある。もちろん逆に、言わなきゃよかったと思うこともある。でもそれは、言う/言わないの選択ができるようになってからの話。声に出さなければ始まらないものがある。そうして始まっていったお話です。
そういうイベントにはとんと無頓着だった私でも、近場であればちょいと足を運んでみようかなと思わせる作品です。とりあえず、『やまなし』と『春と修羅』は声に出して読んでみた。あと、作中では触れられてないけど『櫻の樹の下には』(梶井基次郎)。いや、たしかにこれはハマるところがある。
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