最新刊の23巻で、まさかのシロさんとケンジの結婚式を挙行した『きのう何食べた?』。
雑誌連載時に読んだときは、シロさんがぶちぎれるんじゃないかと本気で心配したのは以前書いたとおりですが(『きのう何食べた?』シロさんの変化と幸せなサプライズの話 - ポンコツ山田.com)、そんなことなく幸せな式になったことに安堵したのも書いたとおり。ホント、連載当初には想像もしなかった姿ですね。そんな、自分のいないところで自分の知らない人に自分がゲイだと知られることさえ嫌がっていたシロさんが、サプライズウェディングを笑顔で終えられるまでに変われる程度に、二人が暮らした約20年の月日は長いものですが、シロさんの変化は実は以前から随所に見えていました。
たとえば、一緒に花見に行ったりであるとか、マンションの大家さんに(緊急の対処とはいえ)カミングアウトしたであるとか、明確な出来事はいろいろありますが、私が読んでて嬉しくなるのはもっと些細な日常の変化なのです。
それがなにかと言えば、シロさんがとても気軽に感謝の言葉を口にするようになったこと。食事の準備を手伝ってくれたことに、急な家飲みに付き合ってくれたことに、お弁当を作ってくれたことに、一人で最初から最後まで式のお膳立てをしてくれたことに。特に気負った様子もなく、ただありがたいと思ったからという素朴な感情で「ありがとう」と口にするシロさんが、とても美しいのです。
連載当初の二人は、ベタ惚れのケンジにちょっとつれない感じのシロさん、といった関係でしたが(「40も半ばのこの年で一から恋愛するなんてめんどくさくてもう俺は嫌なんだ!! だからあいつとは絶対に別れたくないんです!!」なんて身も蓋もないことを3巻でシロさんが言っています)、それでも割と初期から、シロさんシロさんでケンジに憧れるものがありました。
そうだよ
こういう仲直りの仕方 最初に教えてくれたのはこいつだったんだ
くやしいんだよな
俺もいつかこいつみたいになれる日が来るんだろうか
(4巻 p18)
これは、ゲイカップルの友人たちと4人で外食したことをきっかけに、シロさんとケンジの関係が少しぎくしゃくした翌朝、ケンジから夕食のリクエストをされたシロさんが、注文通りのハンバーグを作り、それをおいしいおいしいと「子供みたいに喜ん」で食べるケンジを見て思ったことです。
一緒に食卓を囲んで、「おいしい」「ありがとう」と素直に口にすること。そんなケンジの様子に自分にはないものを見て、シロさんは憧れを抱いたのです。
以降、ちょっとしたことで感謝を口にしたり、喜びを表に出すようになったシロさんが増え、また、嫉妬心を見せて自己嫌悪に陥るケンジにも直接、
俺もお前にゴメンって謝り倒されるよりもありがとうって言ってもらえる方がずっと気分いいよ
だからさ もう謝んなくていいから
(6巻 p19)
と言うなど、素直に己の希望を口にしています。
それを受けて、ケンジが別のエピソードで、自分の我儘をきいてくれたシロさんに「今日はご… ううん ありがとうね 俺に付き合ってカフェ行ってくれて」と、謝罪でなく感謝を述べるのもいいですよね(7巻p92)。
佳代子らに自分の好みがダダ洩れになっていることを不審がったケンジが彼女に問いただすと、シロさんが無意識の裡にケンジの好みを考えていることが彼女に伝わっていたことがわかるエピソードも、いつの間にかシロさんがパートナーの存在を気にかけていることを隠さない(佳代子相手というのも大きいでしょうが)ようになっているがわかります(17巻 #135)。
つき合い始めた頃はこいつのこういう所が鬱陶しくてたまらなかった
けど今は この年になってもまだヤキモチ妬いてくれるなんてホントありがたい彼氏だと思ってますとも…
(22巻 p20)
とあるように、二人の関係も長いのです。年をとって丸くなったと言ってしまえばそれまでですが、ケンジがシロさんに言われて貯金を始めていたように、シロさんもまた、自分の思うケンジのいいところを見習って、少しずつでも「こいつみたいになれ」ているのでしょう。
実時間とほぼリンクして、17年の連載で17年の二人の生活を描いてきた本作ですが、ふとしたタイミングで読み返すことで、少しずつ変わっていく二人の様子が分かるのは長期連載の醍醐味ですね。昔のシロさん、マジとがってる。
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