物心ついてから数年、少女シャーリィはある日、唐突に思い出した。自分が前世で日本人であったことを。そして同時に絶望の打ちひしがれる。日本で食べていたあの美食の数々を、もうこの世界では食べられないのかと。しかし彼女は諦めない。否、むしろ燃え上がる。もう一度あの絶品を味わってやると。
そして試行錯誤を繰り返すこと数年、シャーリィのもとに、彼女が作る謎の料理のうわさを聞き付けた王宮のメイド長がやってきた。これが、彼女に新たな道が開ける最初の扉だったのだ……
もはやすっかりお馴染みになった感のある異世界転生もの、進んだ技術を持ち込んでの俺TUEEEEEEEEEものですが、その中でもこの作品に惹かれる理由は、コメディをベースにしているところです。私利私欲、親のすね、王宮の懐、さらには顔芸まで尽くして、性欲、睡眠欲とともに並び立つ人間の三大欲求の一つを満たそうと奮闘する姿は、コミカルでとても良いのです。
そう、主人公シャーリィの原動力は、前世で食べていた美味しいものたちをもう一度食べたいという食欲。といってもその対象は、贅を凝らして一皿ウン万円という高級グルメではなく、ポテチだったりプリンだったりハンバーガーだったり立ち食いうどんだったりといった、街中にあるお店でも買える庶民向けのお安いもの。ですが、現に私たちが数百円も出せば口にできるそれらは、とんでもねえ企業努力や、名もない人々の研鑽の果てに生み出されている歴史の結晶です。個々人に好き嫌いはあっても、万人向けに調整された味を安定して、価格に大きな変動もなく提供できるようにしているのは、紛れもなく現代日本だからこそできることです。
誰しも覚えがあるでしょう。夏の暑い日に食べたアイスや、冬のコタツで背中を丸めて食べたインスタントラーメン、映画を見ながらつまむピザ「とコーラ、たまの贅沢と注文するチョコやフルーツが盛られた、それでも1000円ちょっとで食べられるパフェ……。日常に親しみすぎているがゆえにかえって気づけない、安定してもたらされる食の楽しみ。
なればこそ、異世界(しばしばナーロッパとも揶揄される程度の文明レベル)で現世日本の記憶をよみがえらせてしまったシャーリィの絶望はいかばかりか。知らないままなら幸せに生きられたものを、なまじ思い出してしまったばかりに、もう手に入れられないものを恋焦がれるしかないとは。
しかしシャーリィは諦めない。商人として手広く活動している父親の脛をかじり尽くそうかという勢いで、あの手この手を費やして珍しい品物を取り寄せては試行錯誤し、浮いた話もないまま婚姻適齢期を迎えた自分への母親からの小言を馬耳東風と受け流し、なんとかかつての味を今世で蘇らせようとします。
その結果、ポテチやプリンといった、比較的安価な材料と簡単な技術で作れるものは再現できたものの、この先に行くには材料も技術も道具も足りない。そんなシャーリィに降って湧いたのが、王宮でおやつをつくらないかというお誘い。当初は自分の時間が無くなってしまうことを理由に二つ返事で拒否したものの、メイド長から、王宮の食材や調理器具を使うこともできると言われた途端、ブレンダーかってくらいの手のひら返しクルクル。喜び勇んで王宮で働くことになったのです。
そこで待っていたのは、一足飛びに王宮入りしたシャーリィを敵視する同僚メイド。おやつ作りを一段下に見る鼻持ちならないコック。女性から大人気だけど対面のため甘いもの好きを隠す騎士。食べるのが大好きなはずなのに浮かない顔でテーブルに着く幼い王子。シャーリィに嫉妬する王子の婚約者である貴族の娘と、よくあるといえばよくある登場人物たち。
そんな彼や彼女から、よくあると言えばよくある絡まれ方をして話は転がるのですが、シャーリィのスタンスは基本的に食欲。おいしいものを自分で食べたい、そしてみんなにも食べてもらっておいしいと感じてほしいという思いで動き回るのです。
安易なハーレム展開や成り上がり展開にはいかず、そういうものとは一線引いた、うまいもの食ったるでの精神でコメディを発露しながら、各エピソードで一さじの人情話もエッセンスでいれている感じが、なんといいますか、大人もあるいは男性も楽しめる、よくできた子供向けコメディのような作品スタイルになっていると思うのです。
キャラクターがにぎやかに動き回る楽しさと、それが野放図にならずにまとまっているコンパクトさ。気軽な気持ちで読める後味の軽さ。いいんですよね。
冒頭のとおり、現在4巻まで発売中。まだまだ手に取りやすい作品ですので、とりあえず試し読みからどうぞ。
https://comic.pixiv.net/works/8847
しかし、この手の1話を過剰に分割する方式はやめてくれんもんかな。せめて無料話くらいは......。
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