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漫画の話です。

『好きめが』藤近小梅の描く心の距離に悩む姿の話

ここに結婚式場を建てよう(挨拶)。

8巻の発売された『好きめが』こと『好きな子がめがねを忘れた』。小村君も三重ちゃんも、お互いの親御さんに会えたわけだし、もう今後はこの挨拶でいいんじゃないですかね。

さて、読んでて砂糖と夏みかんが口からこぼれそうになる甘酸っぱさ全開の『好きめが』ですが、別に前から隠されていたわけでもないですけど、かなり小村君が後ろ向きな人間です。後ろ向きというか、三重ちゃんへの/からの好意に対して自信がないというか。
自分の気持ちにしろ相手の気持ちにしろ、冷静になって考えることができずもだもだしてしまうのは、思春期の人間が避けて通れないことではありますが、それはそれとして実はこういう心のありよう、藤近先生の他の作品でも、しばしば見えるものだったりします。
というかいっそ、そういう内心、そういう関係性が藤近先生の嗜好なのではとさえ勝手に思ったりしています。

「そういう内心」「そういう関係性」をもうちょっと具体的に言えば、相手を自分からとても遠くに感じてしまう心。そして、遠くに感じてしまっている相手との関係性。
自分が相手に釣り合わないとか、劣っているとか、おいていかれてしまうとか、方向性は様々ですが、自分と相手の距離の遠さに、悔しさであったり、劣等感であったり、絶望であったりと、そういうネガティブな感情を抱いてしまう。藤近先生は人(特に少年少女)のそんな姿をつい描きたくなり、そしてそれをいかに乗り越えてようとしていくかをまた描きたくなる。そんな風に思えます。

たとえば好きめがで言えば小村君の三重ちゃんに対するものですが、

俺は つまらない人間で 自分勝手で 多分ちょっと気持ち悪くて
(5巻 p114)

いくらなんでも卑下しすぎだろうと思ってしまう、小村君の自己評価。ですがこれはあくまで、彼の好きな三重ちゃんと接しているときに彼が感じているもの。普段の彼が他のクラスメートらと接しているときにそのような様子は見えませんが、三重ちゃんのことを考えると一転、うじうじと自己嫌悪の沼に沈んで行ってしまいます。
これは、小村君が三重ちゃんを「あばたもえくぼ」的に、もしくは「恋は盲目」的に過剰に高く評価しているがゆえに、それと比較して自分を落としているものです。なので、彼から見た三重ちゃんは、とても遠いもの。自分はとても釣り合わないと感じてしまうのです。
それでも彼は、少しずつ少しずつ、何度も足元を見ながら周りを見ながら、そして三重ちゃんを見ながら、勇気をもって距離を近づけて行こうとしているのです。そうして、夏休みには水族館にも夏祭りにも行けるようになり、お互いの家に行ったて親と面識を得ることまでできました。主体的な努力にによる関係性の変化です。

さて、そんな心のありようが他の作品でも見られるのかというと、たとえば最近連載の始まった、『隣のお姉さんが好き』。
mangacross.jp
実はこの作品を読んで、藤近先生の描くそういうある種の癖に気づいたのですが、この作品はタイトルの通り、隣に住む高校生のお姉さんに恋する中2の男の子のお話。なんとかお近づきになろうと少年は、週に一度、お姉さんの趣味である映画を一緒に見ようと彼女の部屋に行くようになったのですが、彼女は一向に自分を男扱いしてくれません。それどころか、彼には見せてくれなかったものを彼の兄には見せている、なんていう、自分にはしてくれない特別扱いを目撃してしまったりもします。
この作品では、少年が、年上の女性が自分をまだ異性として意識してくれないということに、強烈な距離を感じてしまっています。兄には自分に向けてくれない目を向けているものだからなおさら。そこには、相手と距離を感じてしまっている者の辛さがにじみでています。
そういえば、歳の差とそこから生じる距離という点では、『好きめが』内でも、イケメン東君が年上のお姉さんに恋をしているけど男として見れくれない、というエピソードがありますね。

また、以前集英社系の雑誌で読み切りとして掲載された『ちぢんでのびる』。
ultra.shueisha.co.jp
これは、「男の子が嫌い」と言っていた幼馴染の女の子を守ってあげようと思っていた少女が、いつの間にか自分よりがっつり成長してしまった彼女の身の回りに男の気配を感じられてきて内心穏やかならず……という、百合アンソロジー雑誌に掲載された作品です。
主人公は、自分が幼馴染を世の男どもから守ってきたという自負があったにもかかわらず、当の幼馴染が男性を好きになる。そうすると、自分を必要としなくなる、自分から離れていってしまうのではないか。そう思い悩み、焦りや疎外感を苛まれだす。
ここにも、相手と距離が空いてしまったことに対する懊悩が、はっきりと見て取れました。

とまあ、商業発表されている3作品で、このような描写が見られるのです。相手との距離の遠さに苦しむ少年少女。甘酸っぱくて、ほろ苦いですね。
他の作品、すなわち連載終了の『ペイパーブレイバー』と『ご主人様のしかばね』については、後者は特にそういう描写は見受けられず、前者についてはまだ途中までしか読んでいないのでなんとも、というところですが(ほかにも発表済みの作品があったらすいません)、まだそれほど多くの作品が発表されてるわけでもないにもかかわらず、かなりの頻度でそういう描写があるのを見るところ、藤近先生はそういうのがお好きなのかな、なんて思ってます。
いいぞ、もっとやれ。



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