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漫画の話です。

錦久家の日常はコミカルでカラフルでリズミカルで 『ザ・キンクス』の話

 というわけで、榎本俊二先生の新作『ザ・キンクス』のレビューです。

 小説家の隅夫、専業主婦の栗子、女子中学生の茂千(モチ)に、男子小学生の寸助。錦久家の四人家族が織りなす日常は、コミカルで、カラフルで、リズミカル。
 栗子が演劇部OBOGでする劇の脚本を隅夫が書いたり、モチの三者面談に両親揃って出席したり、寸助が日常の些細なことを不思議がったり、花火大会に家族で行ったりと、どこの家庭でもありそうでなさそうなでもありそうな出来事が、なんだか不思議なコメディで、モノクロなのに彩り鮮やかに描かれるのです。
 この不思議さはなんと表現していいやら実に難しく、ポンポンとギャグがテンポよく積み重ねられていくかと思えば、車が家から出るだけのシーンで贅沢に丸々1ページ使ったり、日常の中にありえない非日常がシレッと紛れ込んでくるかと思えば、大人から見れば何でもない日常が子供の視点から見る非日常で描かれたりと、各話ごとに、あるいは一話の中でも振れ幅が大きいのに、揺るがない日常を感じてしまうのは、その根底にはどこか安心できる家族の団欒があるからでしょうか。

 小説家で家計を担いながら家事も一手に担っている苦労人の隅夫も、やたらパンキッシュな見た目でいつもグータラしてる栗子も、口数少なくクールに見えるけれどつい物思いに耽りすぎてしまうモチも、子供らしい好奇心で騒がしい寸助も、好き勝手生きているようで、実際好き勝手生きているだろうに、家族四人で仲良く楽しく暮らしていることになんの疑いもなく、多少の苦労も悲しみも、家族と一緒に暮らす中で起こる当たり前のものとして受け入れているのです。
 
 私が好きな話は、1巻収録の「闇夜のアウル」「マーサ&ザ・新生ニセモノーズ」と、2巻収録の「イソベキナコの2週間」。
 前者の2つは続き物、というか、ある出来事の表裏という形で、夏の花火大会に行った錦久家の帰り道のお話と、その夏祭りのイベントライブが中止になりそうになったとき、栗子が意外な活躍をするというお話。
 花火大会の終わった田舎の帰り道は街灯も少なく、スマホのライトを頼りに足元を照らすもそれも切れてしまい、頼みの綱だった夜店で買った光る飴もコウモリだかカラスだかにとられてしまったせいで、錦久家は暗い中を歩くのです。家に着くにつれ少しずつ減っていく周りの人。よく知っているはずなのに見慣れぬ普段の通り道。手をつなぐ母の顔もよくわからない夜の闇。寸助は不安に駆られるのですが、隣を歩く母は「ふだん通ってる道じゃん」と意に介さない。そんな、小さい子供の時しか迷い込めない日常の皮をかぶった非日常が、ゆっくりと、贅沢な絵で描かれます。
 一転、次の「マーサ&ザ・新生ニセモノーズ」では、夏祭りのイベントでライブをするはずが、音響設備に不具合が生じてしまったため、司会進行をしていた地元出身の歌手の先輩だった栗子が急遽指名され、昔取った杵柄で突発的にライブ演奏をすることに。とんとん拍子に進むギャグ交じりのテンポ感と、なによりクライマックスの演奏シーンと打ち上げ花火。これがぜひ紙で(電書だとしても見開きで)見て欲しい感動のある絵なのです。

 「イソベキナコの2週間」は、スマホを壊してしまい、さらにケータイショップの手違いで代替機も持てず、2週間スマホなしで過ごすことになったモチが、たまたま聞いた深夜ラジオにはまって…という話なのですが、ラジオを聞き、ある番組にはまり、投稿が読まれ、というモチの2週間の描写が、言葉での説明がほとんどないのに、実に染み入ってくるのです。
 彼女の行動の流れも、そのとき抱いている気持も、まるで自分自身の過去を思い出すかのように理解できます。実際、私自身がラジオリスナーだからよくわかる、というのはありそうですがそれはともかく、自分の投稿が突如ラジオから流れ、驚きと喜びに胸が跳ね上がる感覚。それを言葉もなしに、いや、言葉なしに表現したからこそ、えも言われぬほどの味わいがあると思うのです。

 あとは、各話での「ザ・キンクス」というタイトルロゴの描き方が、毎回とても好きなんですよね。ただ文字を書くのではなく、たとえば「マーサ&新生・ザ・ニセモノーズ」ではクライマックスの演奏シーンで描いたり、「イソベキナコの2週間」ではラジオの電波になぞらえたり、見開き一枚絵の風景の中で雲を模して描いたりもして。なんというか、映画のタイトルのような迫力があります。

 とりあえず第1話と、9月23日現在無料公開中の第15話「カラフルポン太」を読んでほしいです。「カラフルポン太」も、好きに生きている家族が同じ映画を観て好きに感想を言うけど、でもそれは映画館で一緒に同じ映画を観た上でのこと、というとてもこの漫画らしいシチュエーションの話で、映画帰りの車の中のシーンが幸福と平和に溢れているんですよ。
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 本作が連載されているアプリのコミックDAYSに登録すると、「イソベキナコの2週間」も読めるので、よければ是非に……!

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