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漫画の話です。

『正しくない先輩』の正しくない物語で描かれる平熱の正しくなさの話

 ジャンプ+にて7/17付で配信された読み切り作品、『正しくない先輩』。攻めた読み切りを数多く配信しているジャンプ+ですが、本作の攻めっぷりはかなりのもの。なにが攻めてるって、まさにその「正しくなさ」。
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 「先輩」が大学を卒業して以来、二年半ぶりに再会した「私」。カレー屋でマグロとカレーの相性に舌鼓を打ちながら思い出話に花を咲かせようとした矢先、先輩が唐突に告げる自殺宣言。そんなショッキングなスタートを切る本作は、「先輩」が死を選んだ後までを淡々と描き切ります。
 先輩は自殺ようと決心し、本当に死にました。「私」は止めませんでした。「私」は正しくない先輩が好きでした。
 これだけといえば、これだけの物語。でも、本当に「これだけ」でしかないかのように描く平熱の筆致が、この作品の恐るべきところだと思うのです。
 
 「先輩」は、「正しくない」ことをします。会社を無断欠勤し、知り合いにスパムを送り付け、賃貸の部屋にペンキをぶちまけ、そして、自殺しました。
 「先輩」は言います。「正しいことばっか言うんじゃねえよ」と。

仕事は出来ないし こうやって逃げてばっかりだし
短絡的で そのくせプライドは高くて
やることなすこと自分でも制御がつかない
迷惑かけるなって? そんなの無理だ
これ以上生きたら 何するか分かったもんじゃないだろ
(p26)

 自分は社会に不適合であると思い、この社会でこれ以上生きていくことが苦痛で、これ以上生きていたらどんなことをするかわからない。だから自殺する。
 そう考え、最後っ屁のように「正しくない」ことをして、仲良くしてくれていた後輩である「私」にこれから自殺することを告げ、いったん怖気づいて諦めながらも、「私」の予想を裏切るようにして本当に死ぬ。
 「先輩」は、「正しくない」まま死にました。

 「私」は、「正しくない」先輩が好きでした。「正しくなくて 不完全で予想外で 面白い」先輩が好きでした。
 「私」は、あの日の自分が「正しくない」とわかっていました。自殺を決心した先輩を止めず、山奥へ消えようとする先輩をただ見送りました。そのまま、自販機でジュースを買って、流れ星に目を奪われました。大好きな先輩が死ぬのを止めませんでした。
 結局先輩は怖気づいて、「私」と一晩語り明かしましたが、実はその日のうちに本当に自殺をしていました。

 先輩の自殺は決行され、「私」はそれを止めませんでした。
 先輩は救われなかったし、「私」は救いませんでした。
 「私」は救われなかったし、先輩は救いませんでした。
 
 自殺をすることが正しいか否か、と問えば、正しくないことでしょう。
 自殺をしようとしている人間を止めないことが正しいか否かと問えば、正しくないことでしょう。
 だからこの物語は、正しくない先輩と、正しくない「私」の、正しくない物語。でも二人は、ほぼずっと平坦でした。
 正しいとか正しくないとか、そういう話をすると、人はすぐにヒートアップします。作中でも、先輩は上司から「正しいことばっか」言われて、作中で唯一と言っていい激情に駆られましたが、またすぐに平静を取り戻しました。
 この冷静さ、別の言い方をすれば日常感が、本作の最も印象的な点です。正しくない自殺を正しくないことを前提としたまま、大きな悲嘆も喜悦もない日常の空気として描き切る。最後の「私」の感情の発露が日常かと言えば審議ですが、それでもそこには、奇妙なほどの冷ややかさがあります。 
 正しくない自殺をここまで抑制的に描いたことで、読後には戸惑いともいえる感触が残ります。
 一度は自殺を止めた先輩が本当に死んでしまった悲しみなのか、「私」の予想が裏切られたおかしみなのか、先輩の生きる苦しみを思う辛さなのか、その程度で死を選ぶなんてと感じる憤りなのか、二人の生前の関係を思う抒情なのか。
 どの感情を選ぶのが「正しい」のか、そんな不安さえ思い浮かぶ結末。平熱のままに描かれたこの「正しくなさ」の物語に、感銘を受けたことですよ。

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