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漫画の話です。

『好きな子がめがねを忘れた』自信がなくて変化が怖い二人と、「そのままのあなたでいい」と祝福する二人の話

 アニメが始まり、最新刊である11巻も発売された『好きな子がめがねを忘れた』。

 前巻にて晴れて両想いになった小村くんと三重さん。
 つい色々なことを考えてしまう小村くんに、何考えてるんだかわからない三重さんと、一見正反対の二人がこうなるまでもだもだと長い時間がかかりましたが、改めて1巻から読み返してみたら、意外にも二人は似た者同士、そこまで言わなくとも、大きな共通点があることに気づきました。
 それは、二人とも自己肯定感が低いこと、あるいは自分に自信がないこと。そしてそれゆえに、変化を恐れること。
 そしてこの作品は、そんな二人がお互いに祝福を送り合い、自分に自信を持ち、変化を受け容れられるようになる物語でもあったのです。 

二人の自己評価

 小村くんの自己肯定感の低さ、自信のなさは、折に触れ現れています。
 たとえば、バレンタインで三重さんからチョコをもらえるか思い悩むシーン。

しょうがない… 来年の友チョコに期待しよう…
…来年も 「友」チョコなのか…?
…いや…本命チョコをもらえる気もしないけど…
…あるいは… あるいは俺が三重さんにこ…告白して…受け入れて… もらえたら…

(2巻 p72~74)

 たとえば、文化祭の準備の後に、三重さんのために靴を家までもっていってあげたシーン。

家まで押しかけて 迷惑になったかも 絶対挙動不審だったし お母さんきれだった
ごめん三重さん 俺 明日も元気な三重さんが見たくて

(5巻 p91)

 たとえば、自分の趣味がつまらないものなんじゃないかと思い悩むシーン。

何もないゆったりとした時間にこもるのが好きだ でも唯一の趣味が無になることってなんだ? 三重さんを好きになるまでは気にしてなかったことだけど
絶対に三重さんの隣にいたいのに なのにどうしても自分に自信が持てない

(7巻p79)

 これらはほんの一例ですが、三重さんにかいがいしくお節介を焼くくせに、そんな自分に自信がない小村君です。7巻の例は、非常に象徴的ですね。

 対して三重さん。小村くんから見れば、自分にはない魅力で溢れ輝かんばかりの女神(主観)ですが、その実彼女の内心が描かれるシーンでは、しばしば彼女の自分への自信のなさが漏れています。


だから…いっぱい気を付けて 小村君と皆に迷惑をかけないようにしなきゃ
(4巻 p75)

 こんな感じです。自分は「忘れっぽ」くて「ぼーっとして」て「ばか」だから、「皆に迷惑をかけ」てしまうという自己評価。彼女も自分に自信がないのです。

 このように、意外な共通点が見つかった二人。この自己肯定感の低さの先にある悩みもかなり似通っています。
 自己肯定感が低いと思い悩む人間は、当然それを高くしたいと願いますが、そのために必然的に発生する変化が怖く、その一歩を踏み出せないのです。

変化への恐怖 現状への安住

 三重さんの隣にいるために、よりよい自分になりたいと思う小村くんですが、その一歩を踏み出せません。なぜなら、よい方へ変われる自信がないから。

きっと情けない顔をしてるんだろう そりゃそうだ
嫌われるかもしれないし 今の関係が壊れるかもしれない 不安でいっぱいなんだから
(2巻 p79)

 何かが(具体的には三重さんとの関係が)変わったときに、それがポジティブな方へ変化すると小村くんは思えません。さいころの目はイチが出るにきまってる。まあ自己肯定感が高い人間ならハナからポジティブな変化を期待できるでしょうから、そもそもそれが低い小村くんには当然の意識でしょう。だから、変化が怖い。変わることが不安。変化をもたらす一歩をなかなか踏み出せません。

 三重さんは、上の引用にもあるように、「ちゃんとしようと思」っても他人のやさしさに「甘えて」しまい、変われないタイプ。変わりたいと思っても、今のままでも居心地がいいと思わされてしまって、ついつい変わらないままを選んでしまいます。
 小村くんの言葉を借りれば、「今が幸せで このまま何も変わらなことを祈ってしまいそうになる」(8巻 p99)二人なのです。 
 でも、そんな二人も変わっていきました。変わる勇気を持てました。

変化の覚悟、嫌われる覚悟

 その最初の転換点は、4巻での校外学習です。

「校外学習のとき …ほんとに すごくうれしかった」

(8巻 p98)

 とあるように、それは二人の共通認識なのでしょう。

 その校外学習では、皆の予想通りめがねを忘れた(正確には持ってきた予備の眼鏡が伊達だった)三重さんが、それを隠そうと振舞った結果、結局小村くんに「迷惑」をかけてしまい、思わず彼の前で泣いてしまいました。

……小村くんが私を励ましてくれるたびに 安心しちゃう私がやなの

(4巻 p95)

 上での引用のように、「皆に迷惑をかけないように」と前日布団の中で決心したにもかかわらず、めがねを忘れてしまった三重さん。まずその事実に自己嫌悪し、そんな自分に気を遣ってくれる小村くんに甘えてしまう自分にまた自己嫌悪してしまうという負のスパイラル。
 そして、涙が止まらない三重さんをどうにかして落ち着かせようと小村くんが覚悟を決めて言ったのが、

(4巻 p98)
 この殺し文句。このセリフこそが、変化を恐れずに前に進もうとした小村君の最初の一歩でした。
 なぜってこのセリフ、小村くんは、三重さんとの関係が変わる、有体に言えば三重さんにキモがられて嫌われる覚悟をしたうえで、それでも彼女を慰めようと言ったものだからです。

俺にもあるよ
自分で自分がいやになっちゃうような そんな気持ち

(4巻p97)

 こんな思いを踏まえて発したのが、先のセリフでした。
 「絶対に知られたくなかったし 絶対に話したくなかった」のは、それを言えば三重さんに嫌われると思っていたからです。なんせ、自分を頼ってほしいから日常生活で不便を強いたいってことなんですから、そりゃあ言えませんよ。
 でも、小村くんは言いました。三重さんを安心させるために。今の、三重さんが自分を頼ってくれるなあなあの嬉し恥ずかしな関係が悪い方に変わるかもしれないのに、それでも。
 これは、彼の大きな一歩です。

「そのままのあなたでいい」という祝福

 そして、三重さんにとってもこの出来事が非常に印象深いものになったのは、上記のセリフの後の、「……三重さんの助けになれるのが 嬉しいから」があったからでしょう。
 「助けになれるのが嬉しい」とは、あなたのために何かすることが私の幸いである、を意味する奉仕の言葉であり、また、失敗をするあなたであろうと私にとって特別である、という祝福の言葉です。素晴らしいあなただからこそ、その助けになれるのはとても嬉しいことなのです。
 つまり小村くんはこのとき、自己嫌悪に沈む三重さんを、そのままのあなたでも素晴らしいのだと言ったも同然なのですが、これはとても大事なことだと思うのです。

 思うに、人が自分を変えようとしたときに、「嫌いな自分」からの斥力をそのエネルギーにしたとして、果たして変わった先の自分を好きなることはできるのでしょうか。変わった自分を肯定的に見ることはできるのでしょうか。
 嫌いな自分を出発点にしたら、そのゴールも結局、嫌いな自分から地続きのものになってしまい、「『嫌いな自分』ではなくなった今の自分」という、嫌いな自分を基準としたものになってしまうのではないでしょうか。
 なので、そうではなく、「今の自分もいいけどこうなった自分はもっといい」というように、今の自分を肯定的に見た上で変化した方が、より健全な変化になるのだと思うのです。

 そのため、今の自分が嫌いな三重さんに、今のあなたは特別である、今のあなたは素晴らしい、というメッセージを小村くんが送ったことで、三重さんはいやなところもある今の自分を受け容れて、その上で変われるようになったのだと思います。
 だから、すぐにはこの言葉の意味がわからず、一晩考えてもなお不明であった三重さんも、翌日にまじまじと見た小村君の表情に、友人であるあすかちゃんにも浮かんでいた恋の色、誰かを特別だと思う色を見て取って、「私 小村くんの特別なのかな そうだったら うれしいな すごく そっか きっと私も」と自分の感情を自覚したのです。

三重さんから小村くんへの祝福

 さて、この三重さんが小村くんからもらった「ありのままのあなたでいい」という祝福のメッセージ。逆に小村くんはもらえたのかと言えば、ちゃんともらえています。
 それは水族館での出来事。自分は三重さんと不釣り合いなんじゃないか、自分は三重さんに比べて、何もなくて空っぽで、劣った人間なんじゃないかと一人悩む小村くん。「唯一の趣味が無になること」である自分に少なからずの絶望を覚えていました。
 そんな中、楽し気に水槽を眺める三重さんに、なぜ魚が好きかと小村君が問うと

基本はこういう… 水槽をゆらゆら~って泳いでるの見るのが好きで…
(中略)
見てるとね… なんかこう… えっとね

(7巻 p85,86)

 と予想外の答えが返ってきました。
 まさか自分の趣味と同じ理由で好きとは思わず、呆然としながら

「…俺が コインゲーム好きなのも 同じ理由…」
「えっ」
「無になれるから…」
「あっ あー! なるほど」

(7巻 p87)

 「一緒だね」。
 この言葉に、どれだけ小村くんは救われたでしょう。「無になること」が趣味である自分でいいのかと思い悩んでいたのに、その趣味がまさか大好きな三重さんと一緒。
 そんな趣味でもよかった。そんな自分でもよかった。
 三重さんは意識していなかったでしょうが、これは間違いなく、今の小村くんはそのままでいいという、彼女からの祝福のメッセージでした。
 祝福された小村くんは、勇気を得て、自分から三重さんの手を握り、


つくづく俺は面倒な奴だと思う 頑張ろうって決めたのに 今度は本当に頑張っていいのか不安になって
でももう大丈夫だ
何もない俺のままでいいって思えたから
(7巻 p92~94)

 と今の自分を強く肯定できたのです。

変化を受け容れる覚悟 現在と未来への祝福

 時は少しずつ流れ、中学卒業、高校進学が意識されだします。三重さんが女子高への進学を希望していることもわかり、「今が幸せで このまま何も変わらなことを祈ってしまいそうにな」っても、そんなことはあり得ないのです。
 でも、今の自分を肯定でき、変化することを恐れなくなった二人には、それは大きな障害とはもうなりません。特に小村くんは、胸を張って言います。

「…怖いのかな なんか… 変わっちゃうのかなって思うと…」
「…俺もそう思ってた
…でも 三重さんと一緒に変わっていけるなら それがいいって思ったんだ」
(中略)
「俺もずっと自信がなくて こんな俺が三重さんと…いいのかなって思ってた
…でも…三重さんが俺に自信をくれて 俺は俺のままでいいって思えたんだ
…俺… そのままの三重さんがいいよ」
(10巻 p138~140)

 改めて小村くんが送る、祝福のメッセージ。そのままのあなたでいい。あなたとなら変わることも怖くない。現在への祝福であり、未来への祝福です。

 変化を恐れていた二人は晴れて恋人同士になりましたが、その未来は常に変わるし、変わり続けていくのだと、気づきました。覚悟しました。

三重さんがめがねを忘れて そうして始まった俺と三重さんの日々が
形を変えて 色を変えて
これからも続いて行くんだ
(11巻 p138,139)

 そのままではいられない今。変わり続ける未来。そんな当たり前のことを、受け入れられたのです。

 改めて読み返して、自分に自信がなく、変化を恐れる中学生の心情の移ろいを、思った以上に丁寧に織り込んでいる作品であったことにびっくりしました。
 10巻で恋人同士になって、11巻の終りで元旦を迎えて、12巻で完結予定。高校入学するあたりでエンディングでしょうか。拙者後日談大好き侍、本編終了後の高校、大学その後のエピソードを見たいと血涙を流しながら望む者にて候。見たい…

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