「才能」に悩む朝と苦しむ槙生の『違国日記』9巻。
この巻で印象に残ったのは、まさにこの「才能」の話でした。部内で誰よりも音楽の才能に恵まれているように見えながらも、音楽は高校で終わりという三森。
医大受験での女子差別に心折られかけながらも再度医大を目指すこと決意した森本千世。
自分と比べて両名とも「才能」を持つ者にもかかわらず、一方はやめ、一方はやめない。そんな二人の在りようを見て悩む朝は、小説家などという、「才能」がなければやっていけないと思える仕事をしている槙生に疑問をぶつけました。
やめる人とやめない人の違いって何?
(9巻 p78)
長くその疑問を引きずっていた様子の朝に、わざわざお茶を入れてまで間をとった上で、槙生はこう答えました。
――わたしにとっての「才能」は「やめられないこと」
(中略)
でもわたしよりおもしろいものを書く人にやめる理由が訪れてわたしにないのを……
……
…わたしはわたしの「才能」だと思うことにした
…と いうより諦めた
(9巻 p83,85)
これがひどく印象に残ったのですが、それは、以前別の作品でも似たような言葉を見たことがあったから。
日本橋ヨヲコ先生の『G戦場ヘヴンズドア』です。どんなに才能があっても色んな事情でそれを続けられない人は大勢いる。でも、運がいいのか悪いのか、町蔵君はマンガをやめなかった。
――いや、やめられなかった。
望んだというよりはそう生きるしかなかった。
それこそが「人格」だよ。
(G戦場ヘヴンズドア 3巻 p185)
これは、主人公町蔵の師匠漫画家である都が、彼に言ったセリフでした。
セリフ内の「人格」は、作中時間軸の十数年前、まだ漫画家のタマゴだった町蔵が都に、
漫画家に必要なものって何スか?
才能じゃなかったら、何なんスか?
本物との差を決定的に分ける一線って、いったい何なんですか?
(G戦場ヘヴンズドア 2巻 p156)
と問うた際に、わずか一言で返された
人格だよ。
(同上 p157)
を受けているものですが、漫画家を漫画家たらしめているものは、面白い漫画を描く「才能」ではなく、漫画を描かずにはいられない「人格」、換言すれば生き方であると言うのです。槙生の言う「わたしにとっての「才能」は「やめられないこと」」と見事に符合するものだと言えます。
けれど、両者の言葉のベクトルは真逆だと言っていいでしょう。
都が町蔵にかけた言葉は、売れない漫画家を続けることに悩む彼に「それでいいのだ」と力を与える言葉。漫画家としてしか生きられないことこそが漫画家である証左なのだと背中を押す言葉。
翻って槙生の言葉は、自分を縛りつける言葉。「わたしよりおもしろいものを書く人にやめる理由が訪れてわたしにない」ことに悩む自分を、なんとか言い含めようとする言葉。不安定な自らの立ち位置を強引に固定する言葉。悩んでもどうしようもないことなら悩まないようにしようと無理やり自分のこうべを上向かせる言葉。
そして槙生は続けて言います。
わたしは逃げられない
呪われて生まれたのなら徹底的につき合うしかないと最悪の方法でやめた知人を見て決めた
(違国日記 9巻 p86)
そのように生まれたことを「呪い」と表現する槙生。
どうに生きるか決めることはできても、どうに生まれるかを自分で選ぶことはできませんし、どう生まれたかで生き方の選択肢が大きく変わってしまうことも厳然たる事実です。どう生まれたかでどう生きるかが制限されてしまうのであれば、それはスリーピングビューティーの如き呪いなのかもしれませんし、それを認めて生きるのであれば「諦め」ることも必要なのでしょう。抗えないものには、抗えない。
しかし、そうとしかあれないと認識することは、無限に広がる人生を閉ざす扉であり、同時に自由に生きるためにくぐらなければいけない扉なのかもしれません。
yamada10-07.hateblo.jp
昔、『バガボンド』と『戦国妖狐』、さらに日本橋ヨヲコ先生の『極東学園天国』に絡めてこんな記事を書いていました。
引力で石は下に落ちる
自由には限界があって 運命には逆らえないってことじゃねえ?
それなら 楽しんだモン勝ちだね
(極東学園天国 1巻 COLOR.3)
これは『極東学園天国』内のセリフですが、槙生は「楽しんだモン勝ち」と思うポジティブさを持っているわけではないでしょう。しかし、自由に限界があるからこそ抗う、限界の中で「徹底的につき合う」と決めたのです。
『違国日記』の第一話では、朝が高3になった春のある夕暮れ時が描かれています。そこにいる朝も槙生も、初めて会った時とも、9巻時点とも、また違います。まだ子供である朝が変化するのは当然ですが、いい大人の槙生もまた、当然変化します。そんな変化もまた書き留められている日々の日記。それが『違国日記』です。
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