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漫画の話です。

今から追いつけ! 5巻以内でおすすめの作品はこれだ!! その3『メダリスト』の話

その3。
また前回と打って変わって、熱いスポーツもの。劣等感にさいなまれている人間が、それを乗り越えて自分の夢をつかみ取ろうとする、力強い物語です。

経歴のスタートは早く、その全盛期もまた早い。そしてなにより、プロになれなかった多くのプレイヤーの屍の上に、ほんの一握りの最高峰たちが鎬を削る世界。それがフィギュアスケート
プロのスケーターになる夢もかなわず、それでもなおスケートにしがみついている男・明浦路司(あけうらじ つかさ)。
何もできない自分がイヤで、スケートだけは諦められないと切望する少女・結束(ゆいつか)いのり。
何にもなれなかった男と、何にもなれないけどそれでもフィギュアスケーターになりたい少女が出会い、二人はメダリストへの道を滑り出す……


ということで、つるまいかだ先生の『メダリスト』です。フィギュアスケートという華やかさと過酷さが同居する世界で、人生に挫折しかかっている男と少女が、コーチと選手のタッグを組んで金メダルを目指す物語。はじめはどうしようもないほどに弱かった二人が、試練を経るごとに強さを得ていく姿は、読むものの心をとても強く打ちます。


フィギュアスケート。それは絢爛な衣装で純白のリングの上を滑り、観客の目を一身に集める、氷の上の舞踏。
曰く、「日本は今やスケート強豪国」であり、国内の大会である全日本選手権が、もはや世界レベルの大会になっているんだとか。最初に書いたように、全日本に出るようなトップレベルの選手の経歴のスタートは早く、5歳の時にはもう滑り出しているんだとか。

でも、本作の主人公の一人・司は、14歳で初めてプロを志しました。これは他に類を見ないほどに遅いスタート。これほどまでに遅いと、プロを育てるクラブ側も、芽が出るはずもないと入会を拒否してしまうため、コーチングをしてもらうこともできません。それでも、ずっと独学で鍛錬を続けた20歳のときに、アイスダンスならコーチをしてもいいという人間に出会ってシングルからアイスダンスへ転向、24歳のときに全日本選手権に出場するも、入賞はかないませんでした。
それでもなんとかフィギュアスケートで食べていこうと、アイスショーのオーディションを受け続けますが、ことごとく落選。また次の機会を狙いはするも、失意に沈んでいた時に出会ったのが、もう一人の主人公・いのりでした。

小学5年生の彼女は、勉強も運動も苦手。クラスの中でも浮いていて、親からも、優秀な姉と比較されるような扱いを受け、いつもおどおどしていました。そんな彼女が唯一顔を輝かせるのが、スケートを滑っているとき。昔、姉がやっていたフィギュアを見てからその虜になっていたいのりは、小1の時に親に内緒で、スケート場の受付のおじさんにこっそり入れてもらい、それからずっと独学でスケーティングを練習していたのです。

遅すぎてプロになれなかったと思っている男。もっと早く始められていればと後悔している男。
自分には何もできないと思っている少女。それでもスケートだけはやりたいと切望している少女。
まるで必然のように、偶然二人が出会うことで、いのりは初めて母親に自分の願いを叫び、晴れて本格的にフィギュアスケートを始めることができました。


いのりと司。二人には共通点があります。フィギュアで言えば、二人ともスタートが遅かったこと。14歳で始めた司と、それよりは早いものの、本格的なスタートが11歳であるいのり。上述のように、トップ選手なら5歳から始めている世界で、二人は圧倒的にスタートが遅いのです。
そして、それとも関係が深いのですが、二人とも自己評価が非常に低いこと。
周りより圧倒的に遅く始めた司は、最終的に全日本選手権に出場できたものの、それはともに出場したパートナーのおかげだとずっと思っていました。普通に考えればむしろ恐ろしいほどの上達スピードであり、その裏にある猛烈な努力も推して知るべしなのですが、彼自身は全日本に出場できたことを「ラッキー」と表現し、自分の実力をつゆほども信用していません。元パートナーから打診されたコーチへの就職も「ラッキーで全日本に行った俺なんかが指導者になるのは騙してるみたいで怖い」と断ろうとする始末です。
いのりも、運動はできず、勉強もできず、班行動でも周囲に合わせられずで、いつも自分が誰かに迷惑をかけていると、始終自分を押し殺しています。
「本当にいつもごめんなさいって思ってた なんにもできないから もうこれ以上困らせちゃダメだって」
「わたし 何もない……………ッ」
こんなことを小学5年生が思っているのです。
でも、そんな彼女が唯一譲れないもの。誰にも負けないくらい好きなもの。誰に負けないくらい上手なもの。そうなりたいって心の底から思うもの。それがフィギュアスケートなのです。
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(1巻 p56)
スタートが遅かった後悔。自分には他人に誇れるものがないという劣等感。そしてなにより、スケートへの執着心。
ずっと秘めていた思いを涙とともに叫ぶいのりに、司は自分を重ねたのでしょうか、打診を断った前言を撤回し、彼女のコーチを決心するのです。

できなかった自分にしか拾えない気持ちがある
できなかった自分だけが見つけられる才能がある
これこそ俺が「スケーターとしてできること」じゃないか!
(1巻 p62,63)

自分に自信がないけど、それでもフィギュアは捨てられない二人。この物語は、そんな二人の成長譚なのです。
自分の弱さに負けそうになりながらも、少しずつ自信と実力をつけて、目の前の目標をクリアしながら、遠くの目的を忘れずに努力し続ける。そんな二人の姿には、目頭が熱くならざるを得ません。

作中にはもちろん、他にも多くのスケーターやコーチが登場します。
いのりと同い年や年下なのに、ずっと上手い選手。
現役時代に実績があったり、何人も名選手を輩出しているコーチ。
劣等感の塊である二人には、誰もかれも自分よりずっと格上に見え、自分にはないものをいくつも持っていると圧倒されます。しかし、二人は場数を踏んでいくことで気づくのです。誰もかれも、いきなり今のステージに来られたわけではなく、そこに至るまでに費やしてきた多くのものがあることを。鼻歌交じりで来られた人なんて一人もいないこと。そして、自分も一歩一歩確実にできることを積み重ねていけば、いつかはそこへ辿りつき、その先へも行けることを。
afternoon.kodansha.co.jp
現在4巻まで発売中。



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