年末特別企画「今から追いつけ! 5巻以内でおすすめの作品はこれだ!!」その2です。
昨日はハードボイルド&アクションの歴史群像劇でしたが、今日はぐっと方向を変えて、抑制のきいた透明な心理描写が秀逸なこちら。
役所に勤める次女・多重。
喫茶店を営む三女・茉子。
アパレル通販会社に勤務する四女・仁衣。
実家で一人暮らす彼女らの母。
そして、この5人に育てられた、長女イチの一人息子・岳。
掌中の玉としてかわいがられている岳は5人の宝物だけど、彼にとって5人は宝物なのだろうか。宝物のような人とは何なのだろうか。生きるって、暮らすって、なんなのだろうか……
ということで、池辺葵先生の『ブランチライン』です。
『プリンセスメゾン』ですっかり池辺先生にやられた口の私ですが、今作でもやられてしまいました。
物語は、4人の姉妹とその母親、そして長女の一人息子の6人を軸に描かれています。老婦の一人暮らし。研究でハワイに行った息子に同行。役所勤め。喫茶店経営。アパレル通販勤務。それぞれに異なる暮らしをしている5人の女たちは、性格もてんでんばらばらですが、長女の息子・岳を溺愛しているという点で共通しています。
けれど、その溺愛の裏には、仄暗い感情が隠れている。それは罪悪感。
長女イチが元夫と婚姻していた末期、別れたがっている元夫が彼女に嫌がらせをし、それを知っているからこそ意地になって別れようとしないイチに他の4人の女たちは、イチを思って離婚するよう強く勧めました。そしてそれに背中を押されたか、離婚を決意したイチ。元夫とのいさかいでひどくやつれてしまっていた彼女にとって、それは正しい決断だったのでしょうが、その決断は、イチを救うことであると同時に、岳から父親を引き離すこともでありました。これ以上婚姻を続けるべきでないと言った女たち。これ以上婚姻を続けられないと決心した女。女たちは、自分たちの「わがまま」で岳と父親を引き離したのです。
それこそが罪悪感。罪の意識。
果たして彼女たちは、岳を溺愛しているからこそ、彼から父親を奪ったことに罪悪感を抱いているのか。
それとも、岳に罪悪感を抱いてしまったから、彼を溺愛するようになったのか。
もちろん彼女たちは、岳のことばかり考えて生きているわけではありません。自分の生活を生き、たまに岳と会っては、彼を溺愛するのです。
むしろ、その日々の生活こそ、この作品の本然だと言えるでしょう。
彼女らは、日々生きる糧を得るために働き、日常の営みをこなしています。生きる為には食べなければいけないし、寝なければいけないし、外に出るには何か着なければいけないし、お金を稼ぐために働かなくてはいけない。ミニマルミュージックのように、反復するたびにわずかずつ変奏されていく日常。小さな幸せと小さな不幸せが、そこかしこに転がっています。
三女の茉子が喫茶店で食事を作っているシーンや皆で食事をとっているシーン、四女の仁衣がアパレル会社で服についてあれこれ考えるシーン、その他みなが働くシーンなどが頻繁に登場するのは、生きることの基本的な要素に本作が、というより池辺先生が自覚的であるからのように思えます。
この、地に足のついた感覚。愛も憎しみも安らぎも苦しみも悲しみも喜びも、みな日常の中にある。いえ、どんな激しい感情も日常がいつしか飲みこんでいく。そう言っているかのようです。
昔は姉妹の間でしていた喧嘩も、なじみのお客さんへの思慕も、電車で遭った痴漢も、元夫への罵詈雑言も、忘れはしない、忘れはしないけれど、日常の流れの中に飲み込まれてしまう。もちろんトゲは残るけれど、ふとした時に刺さるけど、生活に隠れる。岳への罪悪感も。
少なくとも今の段階で、物語に何か大きな山や谷があるわけではありません。でも、多くの人がほとんどの時間を生きるのはそんな起伏の少ない日常であり、その中で感じ、考え、言葉にできたりできなかったり、したりしなかったりすることが生まれてくるのです。
なにかこう、ふと自分の日常を改めて見つめなおしたくなるような、過去に刺さってるトゲを確認したくなるような、そんな思いに駆られる作品です。
現在2巻まで発売中。来月に3巻が出ます。
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