『葬送のフリーレン』「交換」と恩返しと連環する人のつながりの話

前回に引き続き、今回も『葬送のフリーレン』のお話。

前回の記事では、同作で描かれている「理想の大人」像について書きました。
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その中で私は

ある人間が、自分の知っている他人の中から、「こうありたい」というロールモデルを見つけて、自分もそうあろうとする。その過程にある人間が、きっと大人なのです。

こんなことを書きました。
他人から与えられた、あるいは自らが見て取った大人の在り方を基にして、人はまた自らも大人になろうとするものである、ということです。つまり、ある人の「大人」というロールモデルが他の人に伝播し、そこからまた新たな「大人」が生まれ、人々は、社会は、世界は成熟していくのだと言えます。
誰かが誰かから何か(それがモノであったりあるいは行為であったり)をもらい、それを同じ人に返す、あるいは別の誰かに与える。そんなかたちで、世界の関係性は固定化されることなく、絶えず流動していく。
そんなようなことは、実はだいぶ昔のブログでも書いています。
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田島列島先生の『子供はわかってあげない』で、いっそ執拗とさえ言えるほどに描かれていた「交換」の話です。
人間は交換や贈与をすることで、社会を動的な状態に置き、流動性を保とうとする、という人類学的な営為を様々な形で描いていたのが『子供はわかってあげない』でしたが、実は『葬送のフリーレン』も、負けず劣らず「交換」について描いていると思うのです。


たとえば第2話で、さっそくフリーレンがそんなことを口にしています。

それにハイターにはたくさん借りがあるから、
死なれる前に返しに来た。
(1巻 p45)

借りがあるからそれを返す。
文化圏を問わず、広く人間に備わっている返報性の原理です。何かしてもらったら、お返しをしなければなんだか気が済まないという、誰しも一度は感じたことがあるであろう、あの感覚のことです。
そもそも、フリーレンがこのようなことを口にすること自体、かつての彼女を知るものであれば驚天動地に異例なものであると思うでしょう。なにしろ他種族に比べて圧倒的に長寿であるエルフ。他の種族と同じ時間を歩くことができず、必ず皆先にいなくなってしまいます。同じあるエルフの言葉を借りれば、「自分の生きてきた軌跡を誰にも覚えられちゃいない」人生を歩まざるを得ないのです。ですから彼女にとっても、旅の仲間や弟子なんてものは「色々教えても死んじゃう」から「時間の無駄」と言い切ってしまえるものでした。
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(2巻 p12)
なのに、死なれる前に借りを返しに来た。人なんて死んじゃうものなのに。そんなもののために時間を費やすのは無駄なのに。
上の画像のセリフは、魔王退治の旅が終わった直後のものでしたが、それから50年、冒険の仲間であった勇者ヒンメルが死んだとき、彼女は「…人間の寿命は短いってわかっていたのに… …なんでもっと知ろうと思わなかったんだろう…」と涙を流したのです。ヒンメルらとともに過ごした(彼女主観では)たったの10年は、その真っただ中では気づけなかったけど、ヒンメルが死んで初めて、とても大事なものであったと理解したのです。
と、非社交のかたまりであるフリーレンを皮切りに、他にもいろいろな形での交換が出てきます。
フリーレンのように、借りや恩といった形であれば、ハイターが育てている戦災孤児のフェルンもそうです。

私はあの方に命を救われました。
(中略)
あの方は正しいことをしたのです。救ったことを後悔してほしくない。
魔法使いでもなんでもいい。
一人で生きていく術を身に付けることが私の恩返しなのです。
救ってよかったと、もう大丈夫だと、そう思ってほしいのです。
(1巻 p60,64)

ハイターに救われた恩を返すために彼女は、ハイターが死んだ後も生きていけることを彼が存命の内に示そうと、必死になって魔法を練習します。彼女をフリーレンが弟子として旅に同行させたのも、まさにハイターへの借りを返すためでしたね。
また、現在のフリーレンのパーティーの一人であるシュタルクも、彼の師(そしてフリーレンのかつての仲間)であるアイゼンに対する恩を返そうとしています。

師匠はもう旅ができるような歳じゃない。
そんな師匠が俺を連れてけってお前達に言ったんだ。
だから俺はよ、師匠の代わりにくだらなくて楽しい旅をたくさん経験して、土産話をたっぷりともって帰らないと駄目なんだ。
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(2巻 p97,98)

彼のセリフの後にフェルンが見せた表情は、同じ、師に恩を返そうとしているものとしてのシンパシーでしょうか。


他にも、借りや恩という形でなく、誰かをロールモデルとして大人になろうとするように、別の人間の振る舞いを見て、自らもそれに倣うという姿も多く登場します。つ
たとえば、勇者ヒンメルを見習ったハイター。ハイターは、ヒンメルが示した徳性を彼の死後も残そうと、フェルンを救いました。

もう随分前になりますか、古くからの友人を亡くしましてね。
私とは違ってひたすらにまっすぐで、困っている人を決して見捨てないような人間でした。
(中略)
あるときふと気が付いてしまいまして。
私がこのまま死んだら、彼から学んだ勇気や意志や友情や、大切な思い出までこの世から無くなってしまうのではないかと。
(1巻 p61~63)

たとえば、勇者ヒンメルを見習ったフリーレン。フリーレンは、旅の仲間として僧侶ザインを誘うのに、かつて自分を誘ったヒンメルを思い出し、過去に囚われず今を見ろと告げ、冒険者になるよう背中を押しました。
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(3巻 p195)
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(4巻 p6)

「冒険に出ようとしないザインが、魔王討伐に旅立つ前の私とよく似ていて頭にきた。」
「それは構う理由にはならねぇだろう。」
「だからこそ、きっと私はきっかけを与えたかったんだろうね。」
「なんだそりゃ。」
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(4巻 p146,147)

フリーレンはヒンメル達に「旅立つ勇気と、仲間と過ごす楽しさを教えてもらった」からこそ、旅に出られずくすぶっていたザインの背中を押したのです。
たとえば、勇者ヒンメルを見習ったフリーレン。魔王討伐の旅の途中、体調を崩した自分の手を握ってくれていた彼を見習って、フリーレンも寝込んだフェルンの手を握ってあげました(4巻 第36話)。
改めて見ると、ヒンメルの影響力の大きさが際立ちますね。そりゃああのフリーレンでさえ、人間に興味を持つようになるというものです。


このように、誰かが誰かにしてあげたことが、また別の誰かに波及していく。そうして社会の中で人は動き、つながっていきます。エルフのフリーレンもヒンメルの影響を強く受けて、そのつながりに入っていくようになりました。しかし、人ならぬ彼女。寿命の異なる種族が混在する世界で描かれるつながりの描き方は、また他の作品とは違うものがあるでしょう。次の記事では、そんなことを書けたらいいなと思ってます。



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