ポンコツ山田.com

漫画の話です。

『モルモットの神絵師』モルモット/人間を見る目と、「絵を描くこと」がつないだものの話

 本日(令和6年9月12日)付でジャンプ+に掲載された、中山敦支先生の読み切り『モルモットの神絵師』。
shonenjumpplus.com
 これがたいそう面白かったのです。

 物語は、世間で人気のあるものを徹底的にリサーチして、「いいね」を稼ぎ、フォロワーを稼ぎ、競争相手に勝つことを至上の喜びとする神絵師が、ある日国民的インフルエンサーのモデルから絵を描いてほしいとの依頼を受け、いざ指定された場所に赴いて言われたことには、「自分の肖像画を描いてくれ、それが完成するまでここから出ることは許さない」と……と始まります。
 詳しい中身は、ワンイシューをピーキーな設定で一気呵成に描き出す本編を読んでほしくて、そして読んでることを前提に以下の文章は書くのですが、何回か読んでから「なるほど」と合点がいって面白かったのは、タイトルの「モルモット」の含意するところです。

 主人公の神絵師・岡太朗が「モルモット」であるのは、彼を監禁したインフルエンサー・チハルによる「実験」の対象だからです。
 キュレーターの両親の娘として、幼いころから芸術作品に触れて育ったチハルは、ある疑問を抱くようになります。

(53p)
 この疑問に対する答えをだす実験として、「『人の好き』を毎日研究し」、「『誰かの好き』」のために絵を描く太朗をさらってきて、彼に「人(=チハル)のために描く絵」と「自分(=岡太朗)のために描く絵」、両方を作らせ、どっちがより美しいか判断しようとしたのです。
 その実験の結果として、「『自分のため』に描いた絵の方が美しい」、すなわち「『承認欲求人のためより自己表現欲求自分のための方が優れた創作を産む」という結論を得ました。

 ここまでが彼女の実験。彼女にとって太朗はまさに実験の「モルモット」に過ぎず、対等な人間として扱っていませんでした。肖像画を描く彼の前に全裸になるどころか、必要なら触れと言って胸を触らせているのはその証左です。これは実験に熱中しているというより、彼を同じ人として見ていないが故の振る舞いです。

(30p)
 『アーロン収容所』という本には、著者が戦時中に捕虜として捕まっている際、英軍の女性兵士が著者の目の前で恥ずかしげもなく全裸を晒すエピソードが登場します。

 著者は、もし自分が白人兵士だったら彼女は金切り声を上げただろう。だが、見たのが日本人兵士である自分だから、彼女は何とも思わなかったのだ、と考えました。これは、当時の女性英軍兵が日本人捕虜を同じ人間ではなく、イエローモンキーとしてしか見ていなかったことを如実に示す話ですが、これと同じ心性がこのときのチハルにはあったと言えるでしょう。実験が終わったその時まで、チハルは太朗を同じ人間と見ていなかった。
 なぜそう言いきれるのか。それは、最終的にチハルが太朗を人間として見るようになった、彼に人間としての感情を向けるようになったからこそ、逆説的にそうだと言えるのです。

 2枚の絵を描き切り、彼女の実験が終了したのち、太朗は言います。


(65、66p)
 絵を描くこととはコミュニケーションである。
 そう表明した太朗は、2枚の絵のほかにこっそり描いていた絵をチハルに見せました。何も言わずに、ただ”自分のことば”でチハルに思いを伝えるのです。
 このことばは見事にチハルに届きました。だから彼女は、その場で崩れ落ち、自らの裸体を隠したのです。

(77P)
 チハルが体を隠したのは恥ずかしくなったから。人前で裸体を晒すのは恥ずかしいことだから。目の前にいる太朗は、実験動物のモルモットなんかじゃなく、思いを通じ合うことができる人間だとわかったから。

 この最後のシーンで、描いた絵を見せられた=告白されたチハルが大いに照れて体を隠すのは、単に彼女の可愛さを描くだけでなく(照れチハル、クッソかわいいですよね)、太朗の気持ちが通じた、すなわち、絵を描くことがコミュニケーションだと言った彼の言葉が正しかったことを、否応なく示すものなのです。
 その意味で、このクライマックスは、「絵を描くことは」「”自分のことば”で”誰か”に伝える『コミュニケーション』なんだ」という太朗の主張を象徴的に示すものであり、同時に、遡及的に彼がモルモットであったことを示すものでもあるのです。ついでにいえば、チハルのかわいさを100点満点で示すものでもあります。花マル。

 本作は「絵を描く(創作をする)こととはなんなのか」という単純にして深遠なテーマに鋭く切り込みをいれたものですが、今まで私が触れてきた、共通するテーマを持つ作品にも思いを馳せさせる力を持つもので、他作品とも絡めてもうちょっと考えてみたいですね。

お気に召しましたらお願いいたします。励みになります。
一言コメントがある方も、こちらからお気軽にどうぞ。