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漫画の話です。

物語も現実も、喜怒哀楽も、愛も殺意も欲も絶望も、そこにある死を思え 短編集『SUGAR GIRL』の話

 恋多き女性のオフィスラブのような導入から、次第になにやら不穏な気配が漂い出す、表題作の『SUGAR GIRL』。
 我が儘放題の彼氏についにぶちぎれた男がハンマー片手に引き起こす、残虐的で暴力的なドタバタ劇『絶絶絶絶絶対殺す』。
 ハワイに行きたがる女性の心の裏側が漏れ出る掌編『夢ハワイ現ハワイ』。
 彼氏に飽きを感じたその日から、彼女には彼の幽霊(生きてるのに)が視えるようになった『CLING ONCE, BLINK TWICE』。
 中学の入学式から付き合いのある男性二人の間にある、まだ名前をつけてない感情に関する掌編『変人』。
 事件現場にうんざりしている警察官、ぶつかりおじさんにうんざりしている女性、特殊詐欺の末端を管理する日々にうんざりしている反社、災害のときから姿を消した夫を探す日々にうんざりしている元警察官......うんざりしている人たちの人生がふとした瞬間に交錯する『死神』。
 人類が滅びた後の地球に降り立った宇宙人が現代日本の文明に触れて、滅びの儚さにとんちんかんな思いを馳せる掌編『THE ABSENSE OF GOD』。

 4本の短編と3本の掌編で構成された、ヤマシタトモコ先生の最新短編集。概要だけ読めば、まあいろいろな話が詰め込まれた短編集なんだろうなと思いますが、あにはからんや、これらの作品にはすべてあるものがまとわりついています。

 あるもの。それは死。

 そう、それが前面に出ているか、伏流しているか、もやのように漂っているか、挿話として差し込まれているだけか、差はあれどすべてに死の概念がとりついているのです。

 自分が殺されないと思っている素朴な人間への素朴な殺意であったり、愛したら殺さずにはいられない者の悲しさと強さとあったり、恋人への倦怠と殺人衝動と美意識の混淆であったり、滅んだ文明の残滓への哀悼であったり。
 4つほど順不同で、各話に見える死のあり方を端的に書いてみましたが、まあずいぶんといろいろなカタチで死を表しているものです。
 重々しく扱っているものもあれば軽々しく扱っているものもある。淡泊に受け止めているものもあれば感傷的に受け止めているものもある。シリアスに抱え込んでいるものもあれば、キッチュに放り投げているものもある。かけがえのない喪失に悲しむものもあれば、数でしか表現しない無機質なものもある。
 
 一つ具体的に見てみれば、たとえば掌編『夢ハワイ現ハワイ』。
 この話に登場するのは、楽しいことと辛いことを天秤にかけるとどうも後者が傾いてしまいそうな女性で、嫌なことがあるたびに「ハワイに行きたいと」と口にするのですが、その彼女が物語の最後に呟くのが、「ハワイとは遠くにありて思うもの」という一言。お気づきのようにこれは室生犀星の詩の一節のパロディですので、ハワイ=ふるさとと変換できますが、そして作中においてはハワイ=死と読み取ることができます。すなわちその言葉は、実現させるつもりのない願望に姿を変えた、うっすらした希死念慮
 ここではないどこかに行きたいという思いに代入されたのが「ハワイ」ですが、それはここではないどこかの最たるものである「死」の穏当な代替物。そしてそのハワイ=ふるさとは、「遠くにありて思うもの」。ゼロから生まれてゼロに帰る生命にとって、誕生と死はある意味で同源で、時に郷愁を覚えることがあっても、そこは一度帰ればもう二度とは戻ってこられない、向こう岸にある世界。帰ることを希って涙しても、それが叶わぬことを理解しながら「みやこ」である今・ここを生きなければならない。
 カジュアルな希死念慮が心の中にあっても、それが不可逆の到達点であることは理解している。だからといって、日々に小さくわだかまる虚無を忘れることはできない。そんな白々しい絶望が漂っているお話です。

 これはほんの一例ですが、こうまでいろいろなカタチの死を見せられると、死の持つ両義性が読者の意識に浮かび上がってきます。すなわち、平等性と固有性。

 死は老若男女、貧富も貴賎も関係なくあらゆる生命に平等に訪れ、同時に、その生命が体験する死に再現性はなく、代替性もなく、代償性もない、その生命固有のものです。その事実は生命が存在し始めてから、ヒトが意識を持ってから、言語が生まれ文化文明が作られるようになってから、一度も違えられたことはないのに、人間は未だにその事実を知りながら実感することができていません。自分がいつか死ぬことは知っているのに、本当に死ぬとは実感しておらず、命に関わる大病や怪我、あるいは身近な人間の死に触れるなどしてそれにリアリティを感じるまで、自分からは縁遠いどこかにあるものだと思ってしまっているのです。
 それは人間の弱さであり強さ。常に死を実感していたらすぐに参ってしまう程度に人間の心は弱いし、その弱さ故に自分がいつか必ず死ぬ未来から目をそらして今よりよいものを目指すことができます。

 もちろん私だって、死を知ってはいながら実感できていません。それはきっと幸せなことなのでしょうが、いつか訪れるであろう不意の不幸に耐性ができていないことの証左でもあります。自分がそう漫然と生きていることを、様々な形で現れる死でもって意識させられ、「少しは世界のありふれたところに転がっている死に気づいたらどうだ?」と鼻先をつかれたような気になる。一般誌やBL、同人誌など、様々な媒体から集められた話一つ一つからは死とは関係ない感想を得もしますが、この一冊を読み通した後にはそんな風に思うのです。
 メメントモリ、というやつですね。

 今までのヤマシタトモコ先生の短編集とは違う読後感を味わえること請け合いの一冊です。

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