「英雄の傷跡」。それは勇者の末裔に稀に現れるもの。それは欠落のカタチで現れる。四肢の一部。指。耳。味覚。感情。グリオン侯爵家の末子、クノンに現れたそれは、視力の欠落だった。
周囲の人間は、「英雄の傷跡」が現れた彼を勇者の末裔の証しと褒めそやすが、当のクオンにとっては、自分の世界から光を奪った呪いでしかない。魔術の素養が見つかり、いよいよ周囲からの期待も高まるが、期待の重さは彼にとっては重荷であり鎖でしかなかった。
光なき世界そのものの暗い性格が災いし、婚約者である第九王女からも愛想を尽かされていたが、7歳になったある日、彼の元にやってきた魔術の家庭教師が発した一言で、彼の心に文字通り光が差した。自分の目が見えないなら、魔術で外に目を作ればいい。
こうして、魔術師クノンの大いなる一歩が踏み出されたのだ……
今年一発目に書いた記事でも登場していましたが、前々から楽しみに読んでいた本作がいよいよアニメ放映されるので、それにあわせてレビューです。
俺の俺マン2025の話 - ポンコツ山田.com
誰もがその才を持つわけではないけど、魔術が当たり前のものとして存在する世界。そこで、「英雄の傷跡」の持ち主として、視力を剥ぎ取られて生まれてきた貴族の少年クオン。彼が自分の世界に光を取り戻すため魔術を追い求め、さらに魔術の魅力にどっぷり浸かっていく姿を描いているのがこの物語です。
俺マンの記事でも書きましたが、本作の魅力はなんと言っても、魔術の楽しさにはまりそれを心ゆくままに追い求めようとしていくクノンや他の魔術師達の姿。好奇心に突き動かされて試行錯誤する人の姿は、見るものの目を惹きつけてやみません。
主人公クオンもそうで、「英雄の傷跡」に絶望していた頃の彼は無気力根暗で社交性皆無、年上の許嫁からもつい距離をとられてしまうくらいに失意の空気を振りまいていたのですが、魔術で世界を見てやると決意してからは、魔術だけでなく、目に見えないままにあらゆるものに興味を示しだし、勉学や社交にも精を出すようになり、侍女の教育の賜でやたらと軟派な性格に仕上がってしまったのはご愛敬、許嫁も彼の元に通うのを心待ちにするようになるほどの魅力的な人間になりました。

(1巻 5p)

(1巻 6p)
こんな少年が

(1巻 30p)
こんな少年に。大変身ですね。生きる気力とは、何かを追い求めようとする力とは偉大なものです。
好奇心が旺盛と言っても、ただ気になったことにあれもこれもと手を伸ばすことだけでは、それはただの移り気や飽き性というもの。興味を持ったものについて、これはいったいどのようなものなのかと分析し、検討し、実践することで知見を深め、深まった知見によってさらに増えていく世界の不思議に怖じることなく、さらに没頭していく。そんな知のサイクルに飛び込んでこそ、他者に魅力的に映るのです。
たとえば、クノン最初に身につけた、水の初級魔術「水球」は、水を生み出す魔術ですが、本当にただ水を生み出すのは初歩の初歩。魔術の階に立っただけです。生み出す水の形状を一定にし、複数個生み出し、生み出したそれらの形や大きさを同一にする。それができてようやく初心者卒業ですが、本番はここから。この「水を生み出す」と簡単に説明できてしまう魔術の性質を、さらに細分化していくとどうなるでしょう。
まずは当然、何もないところに水を発生させること。そして、発生させた水を空中に浮かせること。さらに、水の形状を保つこと。一旦固定した形状を変えること。分割すること。統合すること……と、できることはいくらでも細分化できますが、このように言語化して性質を定義することで、分析や検討や実践が容易になります。
さらには、温度、味、色、匂いなども水が持ちうる性質として考えれば、そのような水を生み出すこともできるし、たとえば温度を突き詰めれば、氷や、高温の蒸気などにもできるでしょう。発生させた水の動かし方や速度、形状なども適切に変化させれば、ウォーターカッターのように切断にも使えるし、放水ホースのように暴徒鎮圧にも使える。なんなら水の表面に伸縮性の高い膜を作ればウォーターベッドにもできるし、あらかじめ定めた動きをさせることで小動物のオートマタだって作れる。
これらは実際に、「水球」について研究しまくったクオンが生み出したもので、名だたる魔術師たちですら驚嘆させる成果でした。

(2巻 8p)

(2巻 10p)
こんなです。
また、学ぶという行為に失敗はつきものですが、クノンはそれを恐れません。失敗をしてもいい。実験が無為に終わってもいい。失敗をすればそれが誤りだったとわかる。無為に終わればそれが必要のないものだったとわかる。すでに先鞭がつけられているものであればともかく、まだ誰も手をつけていないもの、先行研究が少ないものなら、そのような失敗すらも研究材料となります。それを当然のものと思っているのがいいですね。
さらに、クノンはこのような成果について自分一人で成し遂げたわけでは決してなく、師からの助言や学友らとの共同作業などの中から、魔術の新たな使い方を考えついています。その師や学友もクノンに刺激を与えたり、逆に彼から触発されたりと、お互いに影響を与え合っているわけで、この作品全体から、知的作業というもののあり方について強いイメージをがあることを感じ取れますね。
王宮魔術師というトップレベルの魔術師でさえ、弱冠9歳のクオンが見せた魔術に興味津々で、彼と同じ目線で議論をし(もちろん、クオンがそれについて行けるという前提があってですが)上司から大目玉を食らうくらいに興奮したりするんですから、みな魔術に、ひいては自分の興味があることに目がないんです。我を忘れちゃうんです。自分の世界を広げてくれるものが大好きなんです。

(2巻 10p)

(2巻 15p)
みんなノリノリ。
2巻までがいわば「魔術の目」取得編、3巻からは魔術学園編と物語は進みますが、大魔王も魔術王を決めるトーナメントも今のところ登場する気配はなく、学園内での派閥争いや、下級クラスとの交流、魔術バトル、あるいは婚約者である第九王女の王宮内での政争など、物語の行き先がふらふらとたゆたいます。でも、知的好奇心、あるいは学ぶことの楽しさとでも言える、物語の理念的な軸があるおかげで、話がとっちらかるという印象はありません。キャラクターの行動の結果にわくするというよりも、行動の過程が読んでて気持ちいい。そんな読み味の作品です。
現在7巻まで刊行中。アニメに合わせて漫画もどうぞ。
【第1話】魔術師クノンは見えている
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