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漫画の話です。

武士道とは(異世界だろうと)死ぬことと見つけたり 『異世界サムライ』の話

 立身出世に興味なく、器量を活かした女の幸せも興味なく、ただ剣に生き剣に死ぬことを望んだ女侍・月鍔ギンコ。戦場で死に損なってしまった彼女が、己を殺してくれる敵よ来たれりと仏に祈ると、その願いは聞き入れられた。すなわち、怪物が跋扈する異世界に彼女は飛ばされたのだ。
 オーク、バジリスク、ドラゴン、そして勇者。数々の強者が存在する世界で、果たして彼女は満願を成就できるのか……

 ということで、齋藤勁吾先生の新作『異世界サムライ』のレビューです。玉石混交と言える異世界/転生ものですが、ここ最近で一番ビビッときたのがこの作品でした。
 派手なアクション。テンポのいい会話。転がっていくストーリー。そしてなにより、主人公ギンコの人間性。これが本作をとても魅力的なものにしているのです。

 異世界/転生ものと言えば、主人公は前世の心残りを晴らそうとしたり、あるいは前世で苦労したからスローライフを目指そうとするのが多いもので、そのテの主人公は第二の生をポジティブに謳歌しようとするものです。
 しかし、本作の主人公ギンコは、元々いた中世日本で、無双の剣の腕で出世することにも、器量よしで良縁を得ることにも興味はなく、ただ武士として生き武士として死ぬことを望むのみ。戦で死に損なった後は、その望みはいよいよ強まるばかり。
 そう、彼女はとても前向きに望む後ろ向きな願いとして、つまり、よりよく死ぬために、異世界に跳んだのです。

「武士は矢弾飛び交う合戦にて散るが誉
わた…某も そのように死にとうございます
怒涛の如く押しよせる敵兵相手に一騎当千に斬りまくり
そして討たれて死ぬのです あとに残すは骸のみ」
「お前の剣は天才だ 剣の道で成功も名誉も意のままだぞ」
「立身出世興味なし」
「では女として生きるのは? お前は器量もいいし…」
「父上 某 女に非ず 侍に御座候!!」
(1巻 p8~12)

 この宣言どおり、ギンコは関ケ原の合戦に先鋒隊の足軽として参加し、長槍も持たず太刀のみで敵兵を斬り斃していくのですが、鉄砲の弾が鉢金に中り気絶、その間に戦は終わり、他の人間の骸が死屍累々と広がる中、ただ一人生き残ってしまったのでした。
 大戦は終わり時は泰平、武士として死ねた名もなき武士たちを羨み、生き残ってしまった己を恥じ、幽鬼のように諸国を流離っては自分を殺してくれるものを求めて立ち合うのですが、天才と呼ばれた彼女に敵う者はおらず、ただ自分のものではない骸を増やすだけ。
 仏門に帰依し、僧より説法を説かれるもまるで響かず、生き永らえた恥を、罪を深めるばかり。

仏さま 某は…たくさん人を斬りました
地獄で灼かれる覚悟です
某も彼らのように
熱く 戦いの果てに死にたいのです
赦しはいらぬ 敵がほしい
私が鬼なら 悪鬼羅刹のはびこる地獄の世へ いっそ——…
(1巻 p50,51)

 こう祈った時に起こった奇跡は、心の底からの祈りに報いた仏の救いか、それとも人を殺し続けた彼女への罰か。
 次の瞬間、ギンコは怪物が跋扈する異世界にいました。
 ゴブリンが森を走り、オークが街を襲い、ドラゴンが空を駆ける世界。
 人間たちは怪物たちと日々戦っている世界。
 すなわち、戦いが、強敵が、死が身近にある世界。
 こうしてギンコは、己が「熱く 戦いの果てに死」ねる(かもしれない)世界へやってきたのです。

 死は恐ろしいものであれど、不退転の覚悟でそれを乗り越え、信念のために戦って死ぬ。それこそが武士の生きざま。尊ぶべき美しいもの。
 まさに理想的な理念ですが、理想的なだけに現実にそれを内面化できている武士は多くなく、実際にそれに殉じて死のうとした(そして死に損なった)ギンコは、元々の日本でも稀有な人間ですが、じゃあそれが日本とは違う異世界にいったからといって、そこではマジョリティになれるかといえばそんなことはありません。日本でも異世界でも、ギンコの死生観・倫理観は非常に奇特なものです。
 弱きを助け強きを挫くといった普遍性のある正義と、戦いのために己の命を平気で投げ出す(そして立ち会った者の命も同様に平気で討ち果たす)破滅的な死生観が、まったく矛盾なく同居しているギンコは、異世界でもやはり異端視されるのです。
 周りの見る目ある者たちからそのように警戒されるギンコは、まるでハンターハンターのゴンか、ドリフターズ島津豊久のよう。

こいつは善悪に頓着がない
(中略)
あるのはただ一つ
単純な好奇心
その結果すごいと思ったものには善悪の区別なく賞賛し 心を開く つまり こいつは
危ういんだ… 言うなれば
目利きが全く通用しない 五分の品……ってとこか
HUNTER×HUNTER 10巻 p91,92)

これが怖いのよ
この時代のニッポンのブシは 同じ笑みで感謝と死が同居してるから!!
ドリフターズ 2巻 p195)

 こんな二人と対比できるような主人公なんですから、魅力的じゃないわけがないんですよね。モンスターに襲われた人間を助ける救世主でありながら、それを知らない人間からは「ドブ川みたいに血の匂いのするヤロー」よばわりされるこの二面性。それがギンコ。
 世界を救うことも、スローライフを送ることも興味なく、ただ戦いの果てに武士らしく死ぬことを望む彼女が、異世界でも異端視されながら、どう生きるのか。そしてどう死ぬのか。
 異世界にいる、「勇者」と呼ばれる強者たちは彼女を味方だと認識してくれるのか。それともギンコにとっての宿願となってくれるのか。
 モンスターは、人間は彼女にとって待ち望んでいた敵なのか。それとも、彼女こそが世界の敵なのか。
 今後物語がどう描かれていくのか、とても楽しみです。
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