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漫画の話です。

人喰いのバケモノになっても、世界で二人きりになっても『君が肉になっても』の話

女子高生・ひなは、ある夜街を歩いていると、路地の奥になにやら蠢くものを見つけた。肉の塊としか表現しようのない大きな蠢くもの。それはなにかを食べていた。噎せかえるような血臭もした。夢かと思ってしまうような光景の中、ひなは気づく。それには、友人のまきがいつもつけている、特注品のピアスが付着していた。果たして翌日、ひなはまきに、その光景をおさめた写真を見せてみた。まきは言う。「なんで私の夢の写真持ってるの?」と。こうして、肉が肉を食う悪夢の幕が開けていった……

ということで、とこみち先生の新作『君が肉になっても』のレビュー&感想です。「ともだちが人喰いのバケモノになりました」が惹句の、ホラーサスペンスでサイコサスペンス、そして、さびしく美しい青春の物語です。
そう、さびしさと美しさ。それがこの作品の魅力であると私は思います。
なにがさびしいのか。それは、救いがなくなっていく世界で、救いが訪れないまま二人が終わりに向かっていくこと。
なにが美しいのか。それは、救いがなくなっていく世界で、二人は二人お互いがずっと救いであったこと。
物語は、ひなが路地でバケモノを見かけるところから始まります。明らかに異様な存在。ぶちまけられた血。たちこめる血臭。現実とは到底思えない現実を前に、ひなはスマホで写真を撮り、翌日、そのバケモノについていたピアスの持ち主である、まきに見せました。もちろんそれは何の気なし。普段通りの姿で登校していたまきを見て、彼女がそのバケモノか、とは思っていません。でも、まきは言いました。「なんで私の夢の写真持ってるの?」と。夢と現ががつながる、嫌な感覚。
よくよくまきの話を聞いてみれば、昨夜寝入った彼女は、夢の中で肉のバケモノになり、空腹を覚えながら街をはいずりまわり、たまたま見つけた人を食べたのだといいます。そしてその最後の部分は、まさにひなが見かけたシーンで、写真におさめられたシーン。
夢だと思っていたことが現実かも知れない。自分はバケモノになってしまったのかもしれない。まきは不安と恐怖と何より混乱で、頭を抱えます。
こうしてホラーの幕が開くのですが、ここで同時に開くのがサイコサスペンスの幕。誰が開けたのかといえば、ひな。
彼女は夢の一部始終を語り終わったまきに聞きます。
「味は?」
「おいしい? 牛豚鶏だったらどれっぽい?」
「機会があれば一度食べてみたい」
それ今聞くこと!?となるような話を、まじめな顔してまきに尋ねるのです。自分がバケモノになったのかと悩むまきに。
倫理のネジを何本も忘れ来たようなひなが、この作品にただのホラーにとどまらぬコメディめいた狂気と、まきとの間のいびつでとてもまっすぐな関係を生み出しています。
他にもたとえば、再びバケモノになったまきが、あやうくひなを食べかけた事件があります。かじりつきそうになるも、かすかに残った理性でなんとかひなを遠ざけたバケモノは、かわりにすぐ近くを通った野良猫に目を奪われ、あっという間に食べつくし、姿を消します。
翌日、バケモノになっていた間のことを覚えていたまきは罪悪感にさいなまれますが、なんでもない顔をしてひなは言います。
「かわいそうだけど 仕方なかったよ まぁ うちのじゃないし
うちのよしこを食べたんなら話は変わるけど 知らないねこを食べただけじゃん
そんなことで嫌いになるか」
これを、彼女を慰めるためというような調子ではなく、あくまでただの事実を、それに対する主観的な評価を告げるだけの、淡々とした調子で言うのです。いえ、もちろん彼女を慰めてもいるのでしょう。でも、その慰めで他の命があまりにも軽々しく扱われていては落ち着きません。
ひなはまきを好きだといいます。それがどういう感情なのか。最後まではっきりしたことは言いません。でも彼女は、バケモノになるまきでも、自分を食べようとしたまきでも、友達を食べたまきでも、好きだというのです。あまりにもまっすぐな親愛は、時として狂気と変わりません。
そしてついに、学校でもバケモノになってしまったまき。もう普通には生きられないと思った二人は、逃避行に出ました。どうなるかもわからない、どうすればいいかもわからない、目の前の問題から目をそらすためだけの、本当にただの逃避。
普通の食事を受け付けなくなってしまったまきは、このまま死ぬつもりだといいます。でもひなは、二人でおばあちゃんになるつもりで逃げたのだといいます。でも、まきは普通の食べ物を食べられない。体力は落ちるばかり。じゃあどうするか。
ひなが選んだのは、まきが食べられるものを用意すること。より正確に言えば、バケモノになったまきなら食べられるもの。つまり、人。それを躊躇なく実行できるのがひなです。
ほかの人間とまきを天秤にかけたとき、ノータイムで後者を選べる。
平気で暴力的な手段に訴えられる。
二人で生きるためなら、別の人間を差し出せる。
それが、ひな。
こうして、まきの体力の問題は解決しました。しかし実は、まきがバケモノになるようになったのと時を同じくして、世界中で、まきのようにバケモノになる人間が発生していたのです。
驚くほどに早く、世界は崩壊しました。半年以上もたてば、もうほかの人間を見かけなくなるくらいに。世界に二人きりだと思ってしまうくらいに。床の抜けたホラーとサイコサスペンスは、あっという間にポストアポカリプスの世界に様変わりしたのです。
誰もいない世界で二人。ひなはともかく、もう栄養を取れないまき。残された時間は多くありません。残された道も多くありません。食べないで死ぬか、ひなを食べた後に死ぬか。ほんの一人分の栄養(文字通りの)はたかが知れています。どっちを選んでも大差はありません。寿命がほんの少し伸びるだけ。
誰もいない世界で、誰もいない学校に戻って、自分の席に座りながら、ほんの少し先のことを話す二人。ほんの少ししか残されていない先のことを。その情景は、とてもさびしくて、とても美しいのです。
もう何が起こらなくても、何が起ころうとも終わるしかない二人。それを従容と受け入れている二人。私はそういう世界がことさら刺さるのかもしれません。たとえば『少女終末旅行』みたいな。
どんづまりの虚無の中で、まるで救いのない世界で、お互いがお互いを、友情とも愛情ともつかないなけなしの救いだと感じている、終末の穏やかさ。めちゃくちゃぶっ刺さる。
現在、全7話のうち3話まで無料で公開されています。
seiga.nicovideo.jp
ちょっとグロ要素がありますが、ぜひ読んでほしい作品です。


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