春。それは始まりの季節。中高一貫の学校に高校から編入した宇野せいかは、いつものように始まりに失敗していた。
どんくさい性格のせいで、いつも新しい環境のスタートダッシュに躓いてしまう。毎度のことに悩みつつも諦めつつ、放課後、普段いかない方へ足を延ばしてみると、そこには森に囲まれた洋館と、松葉杖をつく一人の青年。自分の高校のOBだという彼からせいかは、ふとした拍子にギターを習うことになった。
思ってもいなかった出会いに、思ってもいなかった青春の始まりを期待するせいか。しかし、名も知らぬ彼には、不穏な空気もまとわりついていて……
もともとは別名義で描いているアイマスの二次創作で知っていた方なんですが、その方が商業デビュー(でいいのかな?)。二次創作の時から、淡い画風に不穏さをはらませた作品が印象深かったのですが、オリジナルでも遺憾なくそれが発揮されています。主に不穏さで。
ドミナント。
この漫画の表紙を見た人間がギター、というかポピュラーミュージックをたしなんでいる人間であれば、まず思い出すのはドミナントコードでしょう。
ドミナントコードとは、すごく簡単に言えば、響きが不安定だから安定感のある音で落ち着きたくなるようなコードのことです。
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この動画で鳴っている2つめのコードがG7、すなわちGドミナントセブンスコードで、この不安定な響きのコードがあるおかげで、その次に鳴るCmaj7(トニックコードと呼ばれます)で強い安定感を得られるのです。
このように、ドミナントコードからトニックコードへコードが進行することで、メロディの盛り上がりに一区切りがつき、終止感をもたらす。それゆえ、メロディの進行の要諦を握るこのコードはdominant(支配的)と呼ばれるのです。
ドミナント。
支配的。
表紙でギターを構えて穏やかに微笑む少女には、あまり似つかわしくない言葉と思えるでしょう。
事実、初めて触れたギターにはしゃぐ主人公のせいかは、そのギターのおかげで学校での疎外感を忘れられ、それどころかギターをきっかけにクラスで友人もできました。支配よりもむしろ自由や解放といった言葉の方が似あう生活へと変わりつつあります。
彼女が初めてギターに触れ、コードを鳴らし、できることが少しずつ増えて、新しく始めたことにどんどんのめりこんでいく。そんな誰もがいつかは持ったであろう感情が瑞々しく描かれている世界は、青春の曙光に満ちています。そこは「支配」という抑圧さえ感じさせる言葉は無縁です。
しかし、いくらせいかの生活が支配とは無縁でも、その周囲の人間がそうだとは限りません。
彼女にギターを教えてくれる洋館の青年。名を聞くタイミングを逸したまま、せいかは彼を「先輩」(高校のOBだから)と呼ぶのですが、その先輩はなぜ洋館に一人で住んでいるのか。その右足の故障はなんなのか。洋館まで訪ね、彼を名前で呼び親しげに振舞う女性が嬉しげにつぶやいた「次は左脚」という言葉の真意は――。
せいかの初めての友人となった、学級委員長の麻衣子。ベースを弾くという彼女は、教室でギター教本を読むせいかに興味をもって声をかけてきたのですが、恋をしているという彼女が、家で一人、兄のことを口にしたときに見せた昏い目の理由は――。
既に登場したせいか以外の主要な二人には、どうにも見過ごせない怪しげな空気が漂っているのです。
誰かが誰かを、誰かが誰かに、誰かが自分の感情に、支配される。その物語の流れを決定づけるような、見る者を落ち着かなくさせる、不安定な空気。ドミナント。
彼や彼女のすぐ近くで、無邪気にギターを楽しんでいるせいかは、物語を安定させるトニックなのでしょうか。ですが、コードというのは不思議なもので、ドミソシのCmaj7が、ドミソシ♭になるとC7になるように、構成音が半音ずれるだけでトニックもまた別のドミナントとなるのです。安定しているコードも、ほんの半音であっというまに落ち着かなくなってしまいます。安定しているように見えるせいかも、なにかの拍子に半音下がってドミナントな響きをまとっても、なにもおかしくありません。
青春真っただ中の安定感なんて吹けば飛ぶようなもの。わずかな歯車のずれ、蹉跌の一軋みで、調和のとれた心はいともたやすく不協和音へと狂っていくのです。
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ギターにのめりこんでいく様子が、まるで伸びる新芽のように美しく健やかなせいかの姿(今は)と、彼女の周りの人間が支配されている仄暗い情念。その対比が、この物語がどこに向かうのかを予想させず、読んでてワクワクヒヤヒヤするのです。いいですね。
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