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漫画の話です。

『2.5次元の誘惑』創作と、引用・パロディのオタク仕草と、孔子・芭蕉の話

 新入生・華翼貴を迎えたコススト編も最新話で完結した『2.5次元の誘惑』。
 普段なら単行本を待つところですが、ジャンプ+で読んだ最新話で少し気になったフックがあったので、今日は簡単にそれを。
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 「オタクは生産的な趣味なのか」ということに悩む華は、コスプレワールドに自ら足を踏み入れつつ、リリサに聞き、ののぴに聞き、リリエル外伝の作者であるアリア父に聞き、奥村に聞きと、多くの人からヒントをもらいながら、最後には

ここに生産と消費の上下や区別はない 私が勝手に線を引いただけ
愛だけがあればいい 愛があればオタクでいい
「好き」なだけで 部長のように堂々と ここにいていいのだ
(123話)

 と、ただ自分の中にある「好き」を正面から肯定しました。
 
 さて、アリア父は華に「コスプレが生産的な活動かどうか」と問われたとき、コスプレを二次創作・同人活動と拡大したうえで、こう答えました。

……僕も悩んだなあ リリエル外伝はアッシュ戦記の二次創作だから
(中略)
僕も師匠*1に似たような質問をしたんだよ
そしたらね
アッシュ戦記を描いたのは子供の頃好きだった作品の続きをもっと読みたかったからだ って
そしてその元の漫画でさえ 前に連なる作品があったからうまれたはずだ 創作というのは古代から続く二次創作の連続なんだって
(119話)

 オリジナルとされる作品も、既に存在した何かを受けて作られているものであり、ひとしく創作は二次創作なのだと。
 また、ふっきれた華を見た奥村は、「君の仕事かい?」と問うてきたアリア父にこう言いました。

…外伝の中でも特に好きな台詞があるんです。
空挺隊に送り出されるリリエルが大天使にかけられる言葉――
「荷物など要らないよ」「人生の旅路に持っていくものは愛だけでいい」
それを伝えたつもりです
俺はオタクですから 俺の人生も 俺が人にかけることのできる言葉も 二次創作みたいなものです
だから俺じゃなくて先生*2の仕事かもしれません
(124話)

 それを聞いたアリア父は、こう返します。「…そのセリフ 高松先生の受け売りだよ」と。「老師は誰かから聞いたんだろうか 誰の仕事なんだろうねえ」と。

 このようにコススト編では、オリジナルと思えるものにもその前史がある、ということを繰り返し表明していますが、しかしてこの考え方、どこまでさかのぼれるかというと実は、時は春秋時代孔子にまでたどれるのです。
 孔子曰く「述べて作らず」。古の賢人の言葉を伝え、そこに自身の意見を加えることには慎重になるべし、という意味ですが、これを先人の尊重と敷衍すれば、自身が述べたものは自分のオリジナルなどではなく、それ(と近いこと)を言った前史となるものがあると言えるでしょう*3
 東アジアに長年にわたり強く影響を与えた儒家の思想に、まさかオタクとは、創作とは何ぞやという話がつながるとは。

 ところで奥村やアリア父が述べた先人の尊重ですが、実はすでに華自身、登場早々に口にしているのです。

詞は古きを慕ひ心は新しきを求め…と「近代秀歌」にあります
昔の歌を引用して相手に贈り…元ネタを踏まえた返歌を詠むことで お互いの知識の深さを測る遊びは平安の頃よりあったそうです
漫画を引用しつつ今の自分の心がより伝わるように腐心する様は 昔からの日本人の心… 等しく尊いものだと思います
(114話)

 これもまた先人の尊重。
 たとえば有名なところでは、教科書にもよく載っている松尾芭蕉の『おくのほそ道』の第28段・平泉には「国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠打敷て」とありますが、これは中国の詩人・杜甫の「春望」という詩を踏まえているものです。このように、さらっと古典を引用するのが当時の教養であったことがうかがえます。
 ことほどさように、彼女自身古来より伝わるオタク仕草に精通しているものであり、奥村やアリア父の言葉に心打たれる素質は十分にあったと言えるでしょう。

 なので現代のオタクたちもパロディや引用がうざいと言われても、「芭蕉だってやってたんだ!」と怒られない程度に胸を張ればいいと思いますよ。

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*1:アリア父がアシをしていた、アッシュ戦記の作者・高松。「老師」も同様

*2:アリア父のこと

*3:無論、孔子のこの言葉自体、また先行する言葉を受けているものでしょう