夜姫の殻を破ろうとしているとき。リリサはこう叫びました。
一生誤解されたまま 叩かれ続けていいんですか?
今の本当の自分を見て欲しいって 思わないんですか?
(13巻 p38)
その問いに対する夜姫の回答は、リリサの問い自体を無効化するものでした。
過去の自分を見られることは 本当に誤解か?
「何が」私の真の姿だ?
(13巻 p38,39)
「本当の自分」とはなんのことだ。真の姿とはなんのことだ。
観測される人は一人でも、どう観測されたかという結果は、観測する人間の数だけある。「人は相手を見たいようにしか見ない」から、過去に炎上の一つもあればおもしろおかしく吹聴し、以降その人を見る目は「炎上した人間」というフィルターを通すことになる。そう見た人間にとっては、以降たとえ彼女が変わろうとも、「愛のないコスプレをして炎上したクソコスプレイヤー」というのが夜姫の真の姿になるのだ。
「本当の自分」なんてちゃんちゃらおかしいと、夜姫は哂います。
でも、それを自認したうえでなお、夜姫はこう宣言します。
一度作った過去は消えない 過去の自分だけ切り離せやしないんだ
「本当の自分」ってのは 「最新の自分」とイコールじゃない
変わる前の自分も 一生 自分の影だ
一生を 一生背負って生きていくんだよ
(13巻 p40,41)
四天王まで上り詰めた夜姫の、諦念と覚悟を刻み込んだ言葉でした。
で、このエピソードを読んでふと思ったのが、実は夜姫、そのありようがののぴと似てるんじゃないかってことです。
本作屈指のゆるキャラとして、web掲載時には要所要所で局部を隠すことに大活躍のののぴ。気弱な性格にあばらが浮き出た身体と、心身ともに夜姫とはまるで違うような彼女ですが、でも、彼女がリリサらと出会ったジャンプフェスでのエピソードを思い返すと、たしかに共通点があるのです。
それがどこかといえば、自らの過去の過ちを認めて、前に進もうとしたこと。
酷い事を言われた けど 私も間違っていた
たったそれだけのことを認めたくなくて 都合の良いトラウマにして逃げてきた
いいんだ 今日の私が間違っても
変わっていけばいい 明日の私へ
(6巻 p85,86)
自分を馬鹿にしてきた友人をひどいやつ、性格の悪いやつと決めつけて、人の話を聞かずに自分の話ばっかりしていた自分自身を棚に上げていたののぴ。けれど、リリサや奥村との交流を通じて、棚に上げていた自分を見直すことができ、自分はただの無垢な被害者じゃない、「酷い事を言われたけど」「間違って」もいた、と認めることができました。
そのうえで、間違ってもいい、失敗してもいい、その上でその過ちを正せるよう明日へ向かって変わっていけばいいのだと思えたのです。
このののぴの認識は、言葉の強さこそ違えど、夜姫の言葉と非常によく似ています。
過去の自分、過ちを犯した自分を今の自分から切り離し、今の自分は間違っていない、正しいと思いこむことは簡単ですが、そうしてしまっては、過去の失敗を反省しそれを活かすことができません。
勉強でも同じですが、間違えたところを再び間違えないようにするためには、自分がどこを間違えたかを把握する必要があります。数学で言えば、使う公式が間違っていたのか、そもそも公式を覚え違いをしていたのか、あるいは単なる計算ミスなのか。それを理解せず、明日の自分は大丈夫と無根拠に胸を張っていても、また同じ失敗を繰り返してしまうことは想像に難くありません。
人生の失敗はたいていの場合、数学のテストの失敗どころではないでしょう。
あのときああしてしまったから。
あのときあんなことをしなかったら。
人はいくらでも後悔をしますが、その後悔を次につなげるためには、失敗をした自分を見つめなおさねばなりません。そのためには、失敗をした自分をわが物と受け入れなければなりません。「変わる前の自分も一生自分の影」であり、それを「一生背負って生きて」いかなくてはならないし、それを背負っているからこそ、「今日の私が間違っても」「変わってい」くことができるのです。
さらに言えば夜姫もののぴも、過去にあった嫌なことから自分を守るために、自分で作り上げた殻に閉じこもっていた、という共通点がありました。
貴方は誰より傷つきやすくて 自分が否定された事実を受け止めきれなくて 自分を悪役として正当化した
…対外的にはね
(13巻 p35)
という753による夜姫評は、
…そうだよね 君は悪くない
私がもう傷つかないように 嫌なこともずっと覚えてて 守ろうとしてくれてたんだよね
(6巻 p84
という、ののぴ自身によるイマジナリーののぴの説明と同種のものです。
悪役という悪口に違うと言って抵抗するくらいなら「そうだ悪役だよ」と振舞った方が傷は少なくてすむ。そうすれば、たとえ傷はつくにしても、どこが傷つくかわかるかいくぶん耐えやすい。そんな、自ら被った悪役という殻
他人に近づいて拒絶されるくらいなら、初めから遠ざけて孤独のままの方が楽。だってそうすれば、結果は同じ独りでも、拒絶されたという過程がない分傷は浅く済む。そんな、自ら被った孤高という殻。
二人ともよく似た殻をかぶっていたのです。
ということで、夜姫とののぴの意外な共通点のお話でした。
13巻発売をきっかけにまた最初から読み直して、本作のヒロインたち+奥村を改めて考えてみたら、物語のキャラクターが解決するべき過去について二つに大別できるのかな、というアイデアも湧きましたので、そのうちそれについても書きたいと思います。
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