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漫画の話です。

戦乱渦巻く世界で始めたのは酒場経営!?『異剣戦記ヴェルンディオ』の話

 異剣。
 それは特別な力を秘めた武器。ある剣は巨大な城門を一撃で破壊し、ある剣は持ち主に雷光のごとき速さを与え、またある剣は竜巻を起こして一軍を薙ぎ払う。
 そんな異剣が巷に溢れた、異剣戦争と称される戦乱の時代、傭兵稼業で暮らしていたクレオには夢があった。それは平穏で安定した生活を送ること。マイホームをもち、畑を耕し、家畜を飼い、自給自足の日々を送る、ささやかで、戦乱の世にはあまりにも高望みの夢。
 一度は買ったマイホームも戦乱の中で壊され、途方に暮れていた彼だったが、旅の途中で会った亜人の少女・コハクと共に見つけたのは、荒野にぽつねんと建つ荒れ果てた古城。それを見て閃くクレオ
 ここを拠点に酒場を経営すれば夢がかなうんじゃね?
 こうして戦場の酒場経営が始まった……

 ということで、七尾ナナキ先生の『異剣戦記ヴェルンディオ』です。
 七尾先生の前作『Helck』のアニメ化が先ごろ発表されましたが、現在連載中のこちらも面白いぞというレビューです。

 1巻の帯には「拠点防衛ファンタジー」とありますが、傭兵だった主人公クレオが、たまたま見つけた古城を拠点に、長年の夢だった平穏な暮らしを求めて酒場を経営するのがこの作品。
 クレオには功成り名を遂げようだとか、大金を稼いでぜいたくな暮らしをしようとか、そういう夢はありません。ほしいのは平穏な暮らし。安定した暮らし。
だいそれたものではなくとも、極貧の幼少期を過ごした彼にとってその夢は何よりも欲しているものです。
 傭兵という危険な稼業に身を投じていたのも、学も元手もない彼にはそれが一番手っ取り早かったから。平穏を求めるためにそれと対極にあるような世界に身を投じなければいけないのも皮肉な話ですが、それも戦乱の世の常です。

 戦場から逃げ出した先で古城を見つけたのは全くの偶然ですが、そこの地下に極上のお酒が貯蔵されていたことをヒントに、酒場経営を思いつきました。
 辺鄙なところにある酒場のありがたさは、傭兵時代の経験からクレオ自身が思い知っています。だから、こんなところに酒場があれば、近隣諸国の戦士たちが喜んで寄っていくだろうと。
 畑を耕し、水を引き、酒場を建て、こうしてDIYの酒場経営が始まったのです。

 と、ここまではクレオの物語。この物語にはもう一人、コハクという主人公がいます。
 狐のような大きなケモ耳を持つ亜人の少女・コハク。登場時から一貫して不思議な雰囲気を漂わせて、クレオにつきまといます。出会ったばかりにもかかわらず命さえ救ってくれる彼女にクレオはかえって不信感を抱きますが、コハクは詳しいことは何も言わず、ただ彼を守ろうとするのです。
 いまだに明かされない彼女の目的ですが、ちらほらと垣間見えてはいます。それを一言でいうなら
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(1巻 p72)
 地の果てまで剣が大地に突き刺さった、あまりにも不吉な世界。それをコハクは未来と呼び、クレオにそれを変えてほしいと言うのです。
 この未来はいったいなんなのか。なぜコハクにはそれが見えているのか。クレオがどうすることで未来が変わるのか。それはわかりません。
せいぜい推測できるのは、突き刺さった剣がおそらく異剣なのだろうということくらいです。異剣により猖獗を極めている世界の果てがこのように暗鬱としたなものであるなら、変えたいと思うのは当然でしょう。
 コハクはこのビジョンをクレオには伝えていませんが、彼が生きていれば未来を変えられる可能性があるとして、彼女はクレオを守ろうとするのです。

 こうして、平穏な暮らしを求めるクレオと、未来を変えようとするコハクの、まるですれ違っているようで実は求める先は同じ生活が幕を開けるのでした。

 本作の魅力の一端なんですが、戦乱の世界を描いており、また実際に派手なアクションシーンもありながら、平穏な生活を夢見て地に足をつけて生きているクレオの生きざまが、作品に不思議な安定感を与えて、いい意味でフィクションというか、別世界観というか、安心して読める空気を醸し出しています。感情移入できる面白さとは違うんですが、自分とは関係ない遠い世界を見てる感じなんですよね。それが全然悪くない。
 一緒に酒場をまわす仲間も登場してくるんですが、彼や彼女も確固とした目的があったりなかったりですが、この酒場を盛り立てようという意思があるので、基本的に酒場経営エピソードはまじめで楽しいんです。お酒の場は楽しくてなんぼですからね。
 それでいて派手なアクションシーンや野望に燃える人間模様もあるから、その対比が面白い。3巻時点で物語の重要なところはほとんど明かされていませんが、妙に安心感があるのです。

 第0話(プロローグ)は以下のリンクで読めるのですが、実は以上縷々書いてきたレビュー、この0話のクリティカルなところにはあえて触れていません。ぜひ実際に読んでみて、この続きを気になってみてください。
urasunday.com



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