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漫画の話です。

『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』と『チ。』に見る、先人が積み重ねた知への敬意の話

 マガポケで連載している『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』。

 長いんで以下『第七王子』と略しますけど、そのタイトルから察されるとおりいかにもなろう小説的な、転生によりチート能力を得た人間が好き勝手する話ではあるんですが、意外、というと失礼でしょうが、『チ。―地球の運動について―』などに見られる、知の積み重ねに対する敬意が作中のそこかしこで表れているのです。 今日はそこらへんを書いていきます。

 まず『第七王子』の内容は、タイトルそのまま。まあ異世界からの転生ではなく、魔術バカの庶民の魔術師が、同じ世界の中のサルーム王国の第七王子・ロイドとして、人間の枠を軽くぶっちぎった魔力をもって転生したものなのですが、その名もない魔術士が前世で息絶える寸前の願いが

あぁ… なんて… なんて…
素晴らしい!!
コレが…全てに恵まれた…貴族の魔術…!! 熱い…痛い…綺麗だ!! 素晴らしい!!
願わくば… もっと… もっと……
学びたかった…極め…たかった…
魔術を…
(1巻 p4,5)

 これ。
 不興を買った貴族の魔術を食らって焼け死にながら思うことが、魔術への称賛であり、学びきれなかったことへの悔恨でした。それくらい魔術バカ。
 そんな彼が、裕福な国の王族、それでいて王位継承には絡まない末席の第七王子として生まれてやることは、ひたすら魔術を学び極めんとすること。

地位も名誉もどうでもいい 前世から俺のスタンスは変わらない…
即ち…この王宮にどれだけ俺をワクワクさせる『魔術』が有るか否か…
俺の興味はそれだけだ…!!
(1巻 p12,13)

 贅をこらした生活に溺れるでなし、酒色に耽るでなし、王位を狙うでなし、ただただ魔術を極めようとする。
 逆に言えば、魔術のためなら、かつて王国を滅ぼしかけたという魔人を封印から解くわ、勝手に王宮を抜け出してマジックアイテムをとりにいくわ、暗殺者ギルドに忍び込むわ、魔人のさらに上位存在である魔族に喧嘩売るわ、次元の壁を突き抜けて天界に行くわと、やりたい放題です。
 
 そんな魔術バカのロイドですが、魔術バカであるだけに、先人の築き上げてきた知や技術の集積としての魔術に、最大限の敬意を払っています。

人は弱い…不自由と共に生きてきた だから何処までも積み上げてきた…魔術もそう…
空が飛びたい 火を出したい ……一つ一つ込められた術式には人の夢が根幹にある
故に無限だ 魔術は無限に面白い……!!
(4巻 p140)

 人は弱く、不自由で、有限の存在である。だから「ああしたい」「こうなりたい」という夢を形にしようと魔術を組み上げ、それをまた次の人間にバトンタッチし、その人間が魔術を洗練したり、改良したり、新たな術式を組み上げたりする。人間が弱く不自由である限り、その歩みが止まることはなく、それゆえに魔術は無限に広がっていくのだと。
 この点は、生まれながらにして強大な力を持つ魔族と対比的に言及されています。

獅子は牙と爪を用いる事に疑問を持たない… 不自由を感じた事がないからだ… だから単調でつまらない
お前の技はどれもそれだ… 大層お強く生まれたようだが…それだけだ
(4巻 p139)

 人間を軽く超える魔力を持つ魔人をはるかに凌駕する魔力を持つ魔族・ギザルムを相手に、ロイドが言い放った言葉です。
 「大層お強く生まれた」魔族や魔人は「不自由を感じた事がない」がゆえに、自らの持つ強さに注意を払わず、同様に他者の強さにも敬意を払いません。
 魔獣の親を殺して子を洗脳して操った魔人や、技術を研鑽した人間の身体を乗っ取りその能力を我が物のように使った魔人がいましたが、そこにはその対象に対する敬意は一片もありませんでした。

 人間の組んだ魔術。人間の磨き上げた剣術。人間の練り上げた気術。
 これらはただ一人の人間によってなしえるものではありません。多くの人間が少しずつ少しずつ、増やしては削りを繰り返しながら一つの体系として完成度を上げていくのです。

 この人間と魔族(魔人)、すなわち、弱いがゆえに積み重ねる者と、強いがゆえにただそのままである者の対比の象徴は、ギザルム戦のロイドの勝因でしょう。
 ギザルムに能力を乗っ取られた暗殺者ギルドのボス・ジェイドが、それまでコントロールできなかった自身の能力を、この後自分の能力を乗っ取るであろうギザルムと戦う誰かのために、術式として「丁寧で読む者に優しく」「綺麗に整頓」しておいたことが、ロイドがギザルムを倒す決定的な要因となったのです。

最後の瞬間……ジェイドは影狼の術式化を完全に終えていたんだ
そして託した いずれ戦う事になるであろう誰かに…… 必ず難所になるであろう影狼の攻略法を
(5巻 p33)

 次の誰かに託す。知をつなげる。
 人間の、人間ゆえの能力で、ロイド(とジェイド)はギザルムに勝利したのです。

 知の集積。他者へ伝えるための体系化。
 これは、拙ブログで『チ。』について書いたときにも登場した考えです。

こうして、社会的に許されないその考えは、背教者一人の妄想に終わらず、石箱の中で時代を越えて生き延びているのです。
ここで大事なのは、正しい考えすなわち地動説が絶やされなかったことではありません。誰かの考えが次の誰かへとバトンタッチされたこと、それ自体なのです。
(中略)
過ちがいけないのではない。不正解がいけないのではない。知の積み重ねを、知の歩みを止めることこそが、いけないことなのだ。
『チ。―地球の運動について―』積み重なる知の価値の話 - ポンコツ山田.com

世界にはあらゆる情報が転がっています。むしろ、情報で構成されていると言ってもいいくらいです。
(中略)
で、その情報同士に関連性を見つける。「無関係な情報と情報の間に関りを見つけ出」すことで、「使える知識に変える」。そこに「知性が宿る」。
つまり「知性」とは、情報を何らかの関係性で結びつけて知識にすること。いいかえれば、個々の情報を一つの体系(=知識)にまとめること。
『チ。ー地球の運動についてー』「情報」と「知識」と「知恵」と「知性」の話 - ポンコツ山田.com

 こんな具合ですね。

 C教が覇権を握り、地球が宇宙の中心であるという考えに異論をはさむことが許されていない時代に、それでも地球が動いていることを証明し続ける人たちの物語である『チ。』は、まさに知の集積と体系化の物語です。それを研究していることを迂闊に漏らせば比喩でなく命を落とす時代に、地動説を証明するだけの証拠や理論を一人で集めることは不可能と言っていいでしょう。過去から細々と、しかし連綿と途切れることなくつながり続けてきた知の集積が、大きなうねりとなって多くの人々の意識を変革する知の体系となるのです。

 もしロイドが中世世界に転生し、地動説というものに触れていたらどうでしょうか。魔術のように世界の見方を一変させるその考えに、過去にそれを考え付いた名もなき人々に敬意を払い、それを証明しようと己の命を賭けていたのではないでしょうか。
 それほど、ロイドの知に対する敬意は、『チ。』に登場する主要人物たちと相性がいいように思います。


 よく言えば求道的、悪く言えばゴーイングマイウェイなロイドを中心に、ある意味ではテンプレ的なキャラ設定ながらも、その設定の上で自身の欲望をちゃんと見せて動く各キャラクター、コミカライズの石沢先生の手による派手できらびやかな戦闘シーン(マガポケではしばしばカラーで掲載されてます)など、かなりの面白さを誇る『第七王子』ですが、まったく別ベクトルにありそうな『チ。』とつながってくると言うのは面白いですね。
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