本誌連載も再開して、アリ編もついに終わりが見えてきた(ような気がする)『HUNTER×HUNTER』。
- 作者: 冨樫義博
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2011/08/04
- メディア: コミック
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人間の性質の象徴としての名前
本来アリにとって名前など不要なものですが、アリが人間の形質を獲得したために、彼らはそれを欲しがるようになりました。
「私共に名前を持つお許しをいただけませぬか?」
「? ナマエとは何だ?」
「私共一人一人を分ける記号のようなものでございます」
「…まあよい 好きにせい」
「ありがたき幸せ」
『不思議な生物 だ 自己主張をし名前などというものを欲しがり 種のために競うように功を成そうとする反面 頑なに個をも重んじる』
(19巻 p16,17)
もともとアリの性質は、女王が言うように「種のために競うように功を成そうとする」もので、個の薄さ・我の薄さがあります。そしてそれは、人間の性質の逆であり、人間が「自己主張し名前などというものを欲しがり」「頑なに個をも重んじる」だと言っているのです。人間がそうであるというのは、ユピーが「護衛軍の中で唯一人間ではなく魔獣との混成」であり、「それに由来するのか 他の二匹に比べ個に頓着がな」いという形でも述べられています。名前は端的に、人間の持つ個・我の象徴であると考えられるでしょう。
ほとんどのアリは自ら名前を付ける、あるいは人間だったころの名前を思い出して使っていますが、護衛軍の三匹だけは、興が乗った女王自らによって名前を授かりました。護衛軍にとってその名前は、それなり以上に大事であるようです。
「軍団長殿は特質系…ということですな」
「ネフェルピトー」
「は?」
「女王様にいただいた僕の名前 これからはネフェルピトーって呼んでね」
(19巻 p170)
王の名前
そして王。王の名前。護衛軍に名前を授けた女王が、最終目的たる王に名前を授けないわけがない。彼女が考えた名前。それは「メルエム」。「すべてを照らす光」を意味する名前。けれど、王はそれを聞く前に彼女から去った。王は名もなき「王」のまま、母の下を離れた。
名前のないままに自我を目覚めさせていく王。それは、人間の象徴を持たないまま、人間としての性質を獲得していくということです。名のないまま実だけが膨れ上がる。その結果、王が得たものは、あまりにも巨大な空虚感でした。
余は王だ
だが 余は 何者だ…?
余は 一体
何の為に生まれて来た…?
(24巻 p211〜213)
余は 何者だ…?
名もなき王 借り物の城
眼下に集うは 意志持たぬ人形
これが余に与えられた天命ならば
退
屈と断ずるに些かの躊躇も持たぬ!!!
(25巻 p19,20)
この空虚に気付く直接の契機となったのは、
「名前……
名は?
何と申す」
「ワダすの…… ですか?」
「他に誰がいる?」
「……コッココ コムギ! です!」
「コムギか …うむ」
(24巻 p158)
そして、その問いこそが、彼の身に返ってきて、己の空虚さを気づかせたのでした。
「総帥様は…
総帥様のお名前は 何とおっしゃられるのですか?」
『余の…… 名前…
余は… 何という…?』
(24巻 p158,159)
だからこそ王は、ネテロとの決戦の時に、自分に負けを認めさせれば、母が名づけたお前の名前を教えてやる、という彼の言葉に応じたのです。それほど彼にとって、自分の名前は大事なものでした。
名前はどこから来るのか
ここで大事なのは、悩んでいた王が、にもかかわらず自ら名前を付けようとしなかったことです。コムギに自分の名を問われ答えに窮した直後、彼は護衛軍の三匹を呼び自分の名前は何かと問いましたが、三匹は自分が王の名付け親になることなど畏れ多く、王の満足いく答えを返すことはできませんでした。「王御自身の御気持ちが一番大切でございます 王御自身が最も相応しいと思われる名をつけられるのがよろしいかと」というピトーの言葉がありましたが、王は明らかにその言葉に納得していません。彼は、誰かが名づけてくれた名前を欲しがっていた。
その誰かとは誰か。無論、母です。
王と母
生まれたばかりの王は、母の腹を自らぶち破り、母に対する愛情など一片たりとも見せずに去っていきましたが、その時点の彼は生まれたばかり、「王」としての自覚しかないアリの彼だったために、後に発生する人間の性質である「我」は薄く、自分を生んだ母への敬慕もありませんでした。アリの「王」である彼には必要ないものだからです。
しかし、我、すなわち人間の性質が現れてくる中で、無意識ながらも生じる母への想い。種の頂点としての王であると同時に、母から生まれた一個の存在である自分という自覚が生まれだすのです。人間を喰らいつくした果てに女王が生んだ最後のアリである王。その彼が人間としての特質をもっとも強く残すというのは、ありえないことはないでしょう。アリであり人。ネテロが喝破したとおり、「蟻と人との間で」「揺れている」のです。他の師団長クラスのアリが女王の死後、アリとしての、あるいは人としての自分の人生を決めたのとは対照的に、王は「絶対に交わらない」その間を揺蕩っているのです。
名前は、人が生まれた時に一番初めに親からもらうプレゼントですが、人が色濃く残る王は、それがないゆえに大きな空虚を抱えたまま我を膨らませることになりました。
負けを認めたネテロから名を教わった王、いやメルエムは、ミニチュア・ローズの爆発からプフ達により助けられた後、こう言いました。
これから……は余を メルエム… と呼ぶがいい
それこそ母より賜りし 余の名前…………!!
(28巻 p184,185)
「母より賜りし」です。腹をぶち破った母に対し、最高度の敬語を用いています。このあたりから、護衛軍にも「母」というものに対して、今までなかった感情が見えてきます。
絶対的存在の死と再生に際し
さらに“自身”を王と共有する事によって
2名が到達したのは
種の頂点 女王の域
(28巻 p186,187)
王に自らが瀕死になることも厭わずエネルギーを分け与えたユピーとプフの姿。それは、王に腹をぶち破られようとも恨み言ひとつ言わず彼の身を案じた女王の姿と重なります。女王の域、母の域です。
萌芽したこの感情は、今まで単に王のため王のためと滅私奉公してきたプフに、新たな意思を生みました。
王はきっと思い出して下さる!! 生物統一こそ唯一無二の目的だと!!
あの小娘さえ 目に入らなければ!!
護衛軍として!! 女王の遺志を継ぐ者として!!
(29巻 p20,21)
女王の域、母の域までその精神を高めたプフは、今まで一顧だにする事さえなかった「女王の遺志」を初めて意識したのです。“自身”を共有した王が「メルエム」の名を「母から賜りし」ものと表現したからこそ、プフの内心にも女王を敬う気持ちが生まれたと考えられます。
母というキーワードで言えば、二人より早くピトーはそれを現しています。
弱いものを護るというのは、護衛軍の姿ではありません。王自身の強さがどうであれ護るのが、護衛軍の本義だからです。ですから、弱いものを身を挺して護るピトーの姿は、護衛軍、アリとしてのそれではなく、「一個の生命に対する慈愛」を持つ、人としての「大義」に通じる姿だと言えるでしょう。
本来我が弱く種そのものを目的とするアリが、各々に個を認識し、さらにその個に生命の慈愛を抱く。人ならざるアリが、人に近づく。その契機は「名前」であり、その行きつく先は「母」なのでした。
結び
まあ結びが書けるほどまとまった文でもないんですが、アリの/人の名前と、それを与えた「母」について考えてみました。岡田斗司夫氏が書いていたように、「一度死んだ我が子が生き還」りながらも「少す迷」った上で殺したコムギ(人)と、我が身を殺して子供を生かした女王(アリ)。母としての在り様と、人としての在り様。その二点が、人とよく似たアリを通して浮き上がっているのです。
しかしゴンさんどうなってまうの……
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