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漫画の話です。

がらんどうを抱えるイケメン30男の恋 「関根くんの恋」の話

関根くんの恋(1) (エフコミックス)

関根くんの恋(1) (エフコミックス)

三十路を迎えたイケメンサラリーマン・関根圭一郎。端正な容姿に高い運動神経、おまけに仕事は極めて有能と、傍から見れば羨むばかりのスペックを備える彼だけど、その実、心の中には虚しさの風が吹きさすぶ。夢中になれるものは何もなく、女性は勝手に寄ってきては勝手に離れていく。部活のキャプテン、委員会の委員長、学校の生徒会長、それに恋人。どれもこれも、言われるがままにこなしてきだけの受身人生。なんだかからっぽであるような気のする自分自身。
何でもいいからとりあえず始めてみようと立ち寄った手芸店で、彼は手芸と手品と、手芸店の孫・如月サラに出会う……


ということで、「このマンガがスゴイ2010」オンナ部門17位に入選した河内遙先生の『関根くんの恋』レビューです。
その前情報は知らず、前々から気になって購入した第一巻なのですが、読後の第一印象が、「飲み込むときに喉でゴツゴツひっかかる感じ」というものでした。なんというか、作品のそこかしこで地肌が覗き、砕けた岩のような剥き身の鈍い鋭さがのっそりといるみたいな。
たぶんその理由は、主人公である関根くんが抱えるがらんどうを、彼自身の自覚的な情動と、彼がそれを自覚してない領域での行動を通して描いているから。それも、後者が圧倒的に多い分量で。
まず、趣味がないからって手芸を始めてみようかというのが、どうにも尋常ではない。しかも、入ったその店の店主である爺さんが教えてくれるのがなぜか手芸ではなく手品ばかりなのに、関根くんはそれにさして拘泥せず黙々と習得に励む。熱中して、楽しんでいるわけではない。自分でもなぜこうなったのかわからぬまま、ただ黙々と。その爺さんが旅に出て孫娘のサラに手芸屋をバトンタッチ、改めて彼女が手芸を教え出し、もともと手先が器用な関根くんはすぐに上達するも、やっぱり楽しんでるわけじゃない。
からっぽな自分に、熱中できることが欲しい。だから何か始めよう。そんな彼の動機は明白に描かれているのに、それに基づいているはずの彼の行動はやっぱりひどくがらんどうで、彼自身それにぼんやり気づきながらもどうしようもない。
今まで何も満たされたことがないから、そもそも熱中する・集中するという気持ちがどんなものかわからないし、どうしていいかもわからない。そんな、ちょっとぞっとするような関根くんなのですよ。


趣味だけでなく人間関係も淡白な関根くんは、自分に女性が言い寄ってくるのにも心弾むことなく、それどころか鬱陶しいとさえ感じている。そんな彼の脳裏には、一人の女性がいる。それは高校時代の先輩である数音だった。脳裏にいると言っても、いい意味ではない。高校時代、モデルをやっていたほどの容姿を備える彼女だったけど、家庭のストレスから拒食症にかかってしまい、一頃は骨と皮だけのようなガリガリに痩せ細った身体になってしまった。たまたま保健室で見た彼女の白く細い腕が、彼にはひどく恐ろしいものに見え、以来、ガリやせの女性が苦手になってしまう。「見てると あの関節をポキポキ折って 梱包しそうになる」とまで言うほどに。
けれど、その苦手意識は彼の自覚している部分だけの話。傍から見れば、彼は明らかに数音に恋心を抱いていた。会って間もない、「こういう勘人並みな」サラでもキャッチできるダダ漏れの好意にも関わらず、彼はそれに「苦手な先輩への忌避感」というラベルを貼って見ない振りをしている。
なにしろ彼女は悪友・紺野の妻で、ケンカしながらも仲のいい夫婦。物心ついてこの方、人間関係に受身であり続けた彼には、自分のこの感情をこの状況でどう扱っていいのかさっぱりわからない。
関根くんの目からは、ふとした時、わけもなく涙が零れ落ちる。厄介に思いつつも、さほど気にせずにいる彼に、サラは言います。
「どんなに微量でも理由はあるんです その涙のワケときちんと向き合ってください」
友人の妻で自覚なく恋の相手である数音。お節介焼きなサラ。受身受身で流され続けてきた関根くんは、彼女らを通して自分自身と向き合うことが出来るのでしょうか。
内省的なくせに自分が見えていない関根くん。そんな彼を読み続けるのは、ごつごつした飴玉を丸呑みするように異物感を覚えるのですが、それは確実に一つの魅力だと言えると思うのですよ。




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