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漫画の話です。

「嵐の伝説」と笑いのレシピの話

おわ。前回の更新から三週間近くあいてしまった。
まあそれはともかく。
今日は、別冊少年マガジンで連載中、今月第一巻が発売された『嵐の伝説』のレビューです。

嵐の伝説(1) (講談社コミックス)

嵐の伝説(1) (講談社コミックス)

20xx年、地球は環境破壊が引き金となった、裁きの日を迎えた!!
自身・洪水・暴風・火山・寒波・旱魃・大汚染、あらゆる災厄が文明を滅ぼし、急激な変化により生物は異常進化し、異形クリーチャーとなり生き残った人類を脅かした!!
其処に人類の指導者となって戦う男がいた!
名は“嵐文吾”!!
その男は強く雄々しく人類の要となった!!
というのは未来の話。若き日、すなわち現代に生きる文吾は、未来の指導者の片鱗を見せるも、一介の若者でしかなかった……


という体裁のギャグ漫画です。
大仰な前提と、それと対比されるように卑小な現代の文吾の生活。そこを無理矢理結び付けている大真面目さが、私は大好きです。
一話が10〜14pの短い話ですが、その中で、現代の若者のどうでもいいところをどうでもいいままに論い、拡大解釈し、派手に描きつける。まあ百聞は一見にしかずといいますか、こちらのページで試し読みができるの、是非読んでみてください。


さて、このコミックスの帯には、こんな惹句が書かれています。

「売れる気もするし、売れない気もする…」とマガジン営業担当を困惑させた伝説ギャグが遂に世の中に放たれる!!

この「売れる気もするし、売れない気もする…」という文句の理由は、私が考えるに、現代の主潮流とは合っていない、ということではないかと思います。そもそも濃密なギャグ漫画は読み手を選ぶ、つまり、大多数の人に手軽に読んでもらいがたいものですが、かててくわえて、最近のギャグ漫画*1はシュールなネタを基幹としたり、あるいは逆にいわゆる萌え要素をふんだんに盛り込んだりした作品が多いように見受けられます。
そういう作品が悪いという気はさらさらありませんが、私は、その手の作品は少なくともギャグの濃密さ・本気さという点で、真っ向勝負のギャグ漫画に及ぶものではないと考えます。
ひねくれたことを言えば、シュールなギャグは、そのネタを理解できない受け手に対して「そんなことも理解できないのか」と見下す形で批判を封じ込めることができ(るような気がし)、萌え萌えなギャグ漫画は、ギャグが面白くないという意見に「でも萌えるからいいでしょ?」と言い返せる(気がする)のです。
笑いに限らず、誰かを楽しませる広義のエンターテイメントには、目的である「誰かを楽しませる」ことの失敗というリスクが常につきまといます。誰かをわざわざ楽しませることは、それに失敗して誰かに呆れられる・馬鹿にされるという危険と常に表裏一体なのです。
けれど、シュールなギャグ漫画、萌え萌えなギャグ漫画においては、前述の理由から、そのリスクが薄まってしまっています。ギャグが理解されないのは受け手の理解力が低いせい、あるいは、ギャグが面白くなくてもかわいいからそれでオーケー、という言い訳が、「(ギャグで)誰かを楽しませる」という目的の純粋さを濁らせるのです。
全てのシュールなギャグ漫画が、批判を受け流すためにそのネタを選んだわけではないですし、全ての萌え萌えギャグ漫画がギャグが面白くないのをごまかすために萌え要素を入れたわけではないでしょう。絶妙なバランスで成り立つ高度なシュールさを維持したギャグ漫画も、萌えつつ笑えるギャグ漫画も、きっとあると思います。
ですが、真っ向からのギャグ以外に作品の拠り所がなく、それが滑ればもう言い訳のしようがない。そんな背水の陣を敷いたギャグ漫画、言い換えれば、不退転のすべる覚悟をしたギャグ漫画が私は好きで、この作品からはそんな覚悟が感じられるのです。
思い切ったことを言ってしまえば、受けなかった時の言い訳を用意してあるネタが面白くなるとは思いません。誰かを笑わせるというのは、10%の確率でしか渡れない危ない橋を95%の確率で渡り切ることだと思うのです。特に、不特定多数の人間に対して起こそうと仕向けられる笑いは。

[おもしろ発言のレシピ] 自信(大さじ1)と不安(大さじ1)をしっかり混ぜる。できあがり。(※)必ず同じ分量にすること。間違うとおいしくなりません。用意できる人は、なるべくテッパンを使いましょう。
http://twitter.com/dddlc/status/14750363853

twitterでこんな呟きもありましたが、私は全力で同意します。「これは受けるだろう」という自信と、「これ、全然面白くないんじゃ……」という不安。後者は「すべる覚悟」とほぼ同義ですが、これらを等量ずつ胸の内に秘めることで、ギリギリのバランスの上でギャグは成り立つのです。自信が多すぎれば、受け手のリアクションに素早く反応して次のネタを被せる、もしくは滑ったときのフォローをするための謙虚さが欠落し、不安が多すぎれば、堂々と言えば面白かったかもしれないネタがキレを失い滑ってしまう。バランスが必要。


「これが俺の面白いことなんじゃ!」とばかりに全力で濃厚なギャグをかましてくる本作品。そこに逃げ道を用意しないあたりに、私は覚悟を見出します。濃厚さゆえに人を選ぶでしょうが、私は推しますよ。


最後に蛇足。帯の惹句の理由はこの作品が時代に合ってないからか、とは上で書いたけどそれは、後の世にはこの作品こそが世界を席巻するような怪作になるのだ、という作品の設定と絡めたメタ的なネタなのだろうか。たぶん考えすぎだな。




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*1:仮に、作品全体のストーリー性よりも、一話の中でのギャグの精度を優先する作品群、としておきます