『銀河の死なない子供たちへ』マッキの問いと、星になったπの話

下巻の発売からしばらく経ってしまいましたが、『銀河の死なない子供たちへ』の話。
上巻発売時のレビューはこちら。
yamada10-07.hateblo.jp
銀河の死なない子供たちへ(下) (電撃コミックスNEXT)
不老不死の二人の姉弟とその母が暮らす、他に人間のいない地球。三人だけの世界。永遠の生を健やかに享受するπと対照的に、物憂げにその意味を探すマッキはこんな問いを常に抱いています。

…π 僕は長い間ずっと探しているんだ
"生きている人間"を
(中略)
まだ死んでいない人間に会って 直接聞いてみたいんだよ
いずれ死ぬことについて
死なないことについて

この作品はある面で、この問いに対する答えを探す旅でもありました。何万年も不死の三人だけで生きてきて、他の人間を一度も見てこなかった地球で、それでも人間に、死すべき存在にあって直接問うてみたい。いずれ死ぬことについて。死なないことについて。
本記事では、その問いを中心に改めて本作を読み直してみたいと思います。

第二の問い「死なないことについて」 それは別れの答え

前述のように、三人以外に誰も人間がいなくなってしまった地球。上巻の中盤までは、それでも続いている他の生命の営みと、そこから疎外された孤独が描かれていますが、途中で地球の外から闖入者がやってきました。かつて地球を離れた人間たちの子孫の一人である妊婦が、生まれる寸前の我が子をなんとか生かそうと、地球に帰還してきたのです。不時着の衝撃で妊婦は瀕死でしたが、πとマッキの手によって無事取り上げられた子はミラと名付けられ、二人によって育てられることになりました。
二人の母には内緒の、三人の疑似家族。こうしてマッキは、いつか問いを向けうる存在、有限のもの、いつか死ぬもの、すなわち人間と暮らすことになったのです。
結論を言ってしまえば、ミラが死ぬまで、マッキはずっと抱いていた問いを彼女に直接問うことをしませんでした。ですが、間接的、婉曲的には、この問いとそれに対する答えの短い問答を聞いています。それは、死ぬ寸前の孤独を独り噛みしめているミラの前に現れた、マッキら二人の母が、二人のため、就中πのために不死になれと自分の血を飲ませようとしたシーンです。

飲め そうすればあなたも不死になる 今の苦痛から解放される それに
πも喜ぶ …私は
そのためにここへ来たんだ

いわばこれは、「死なないことについて」の問いです。死ぬ寸前の状態で、現に身体を蝕んでいる致死の苦痛を消してあげる、でも代わりに不死になる。不死になること、すなわち死なないこと。お前はこれを選び取るのか。極限の二択を迫る問いに、ミラは一言で答えました。

嫌だ

誤解の生じる余地のない、単純な拒否。ミラは「死なないこと」を明確に否定したのです。

私は人間として生きて 人間として死ぬ

これは、拒否した後に続くミラの言葉です。彼女は「死なないこと」は「人間ではない」と言い切ったのです。人間であるためには、不老不死ではいけない。老いなくてはいけない。死ななければならない。つまりは、変化しなくてはいけない。人間のあらゆる変化の終着点が死であり、そこに辿り着くことができない変化の拒否、すなわち不老不死は、人間であることの拒否であると、死の寸前の彼女は断じました。
回答者のすぐ近くにいながらずっと聞くことのできなかったマッキの問いは、期せずして答えられたのです。

死なない二人 部外者の二人

ミラのこの言葉は、育ての親であるπやマッキを人間ではないと断じることと同義ですが、それについてはπらも自覚的でした。上巻の前半で、まだ地球上にいるかもしれない人間を探す旅の途中、二人が語る人間は、常に客体、第三者としての存在でした。

人間はあんなにたくさんのことを考えたり書いたり物を作ったり壊したりしていた…

一緒に探す! マッキと一緒に人間探す!!

マッキ 人間ってどうやって探すの?

二人が「人間」と口にするとき、それはたとえば私たちが「ネコ」や「車」、「メタセコイヤ」などと口にするときと同じように、自分をその中に含まない、客体の概念として扱っていました。不老不死であり、獣に食われてもいつの間にか再生している自分達は「人間」と呼べる存在ではないと、二人は当たり前のように考えていたのです。
そして二人は同時に、人間ならずとも、老いて、子をなして、死んで、生の営みを繰り返していく生命たちを、美しいもの、世界に組み込まれているものとして憧れていました。

そーいえばママが言ってた
生き物は死んだら星になるって だから…
星空は死で埋めつくされてるんだよ きっとももちゃんも…
どの星だと思う?
あのピンクの星だったらいいな
美しくて
とても手が届かないや

「でもみんな交尾して赤ちゃん作って 楽しそーだなー」
「いのちをつないでいく場所なんだ この世界は
僕たちは所詮 この世界とは無関係な部外者んだよ」
(中略)
「む むかんけーなぶがいしゃなんて…ヤダ 
み みんなと一緒がいい」

死ぬこと。変わること。それは二人にとって手の届かないものであり、それゆえ二人は世界の部外者だったのです。

第一の問い「いずれ死ぬことについて」 星と人と

しかし物語の最終盤で、二人が死ぬ方法がわかりました。実は二人は母の実子でなく、母の血液によって不死の呪いを与えられた、元は人間だったものたちだというのです。なので、母から物理的に離れればその呪いは消える。地球から出ていくほどに離れられれば。
ミラから遺された情報端末を元に、マッキは地球のあらゆるところを探し、まだ使えるロケットを見つけ出して、使用に耐えうる状態にまで修復しました。地球から出る、すなわち不死の呪いから抜け出て、人間に戻る準備ができたのです。
自分が人間に戻れることを知ったπは言います。

ミラちゃんが言ってた 海の向こうに行ってみたかったって
πも行きたい 星の海の向こうへ…
だから 人間になる!!!

かつて「美しくて とても手が届かない」と言っていた星の世界。そこは、死せる人間だけが行ける世界。πはそこへ行くと強く表明したのです。
地球からの脱出前夜、πとマッキは焚火を前にして、未知の世界について話をします。

「宇宙に行ったら π達も成長して死ぬ身体になるんだよね
死んじゃうのかー」
「…π 今どんな気持ち?」
「すっごくドキドキする!」

このときマッキが発した問いは、まさに彼が永年抱いていた問いの、残された一つでした。死ぬことができるようになる直前の、人間になる直前の、まだ死んでない人間=πへ聞いた、「いずれ死ぬこと」についての気持ち。その答えが、「すっごくドキドキする!」でした。
はたしてこれは、どういう意味なのか。
かつて病床にあったミラは、πにこう言いました。

ちっちゃい頃は自分も永遠に死なないって思ってた
もしかしたらかつてこの星にいた子供たちもみんな思ってたのかもしれない
幼いってそういうものだから
いつか死ぬってわかった時 私は人間になったんだ
そんな気がする

幼いものは、自分が永遠に死なないと思っている。しかし、自分は死ぬのだとわかったとき、人は人間になる。つまり、幼さを捨てたとき、人は人間になるのだと言えます。
人は幼さを捨てると何になるのか。大人の階に手をかけるのです。永遠の子供だったπは、自分が死ねるようになる、人間になると知りました。それは、自分が変化できる、大人になれると知るのと同義です。
彼女の「ドキドキ」は、死ぬことへの恐怖ではありません。自分が大人になれることへの興奮なのです。
ロケットの出発直前、母のために自分は地球へ残ると明かしたマッキは、πへこんな餞の言葉を送りました。

宇宙は広いけど
大丈夫だよ
πはいつだって
星を見ていたんだから

そう。昔からπは人間に憧れていたのでした。美しくてとても手が届かないと言いながら、πはいつも星に、まだ見ぬ人間に目を向けていたのです。
一人光芒の流れる星の世界へπが突き進んでいった最後のシーンは、彼女が人間へと変わっていく、実に象徴的なラストだと言えるでしょう。

残された二人 永遠の命と永遠の親子

マッキが永年抱いていた問いの答えは、ミラとπによってもたらされました。
その彼はなぜ地球に残ることを選んだのでしょうか。
彼は変化することを、大人になることを、人間になることを拒否しました。永遠の死なない子供であることを選んだのです。それは同時に、永遠に母の子であることを選んだという意味でもあります。
永遠の母と永遠の子。それは、永遠に変化の訪れない、不自然で歪な親子関係。変化するミラとの家族関係を知ってしまったマッキにとって、それはいっそう意識されたはずです。
でも、どんなに不自然でも、どんなに歪でも、それは永遠のひとりぼっちよりはマシ。おそらくマッキはそう考えたのでしょう。

永遠の時間を持っていても 大切なものを失う準備なんてできないって
それを知っているだけだ

これは、ミラの死病に気づいた時の、πとマッキ自身に向けたセリフですが、これはそっくりそのまま母にも当てはまります。歪とはいえ家族として過ごした永遠にも近いような時間。自分自身もミラを失い、大切なものをなくした痛みがいかほどなのか、それを知ってしまったのでしょう。

あなた達三人はここで幸福な時間をひたすら積み上げている
積み上げれば積み上げる程 私には崩せなくなる
突き崩すのはあなた わかってるの?
あなたは成長し やがて勝手に死んでいく
ふたりを… πとマッキを永遠に置き去りにして ありったけの幸福を持ち逃げするの
これが正しい命のあり方だと見せつけるように
そしてその通りだから だから憎いの
与えて奪うのは 何も与えないよりずっと残酷

これは、母がミラに向けて放った言葉です。そして、この言葉をマッキは聞いていないはずです。でもマッキは、一人で同じ結論に至ってしまった。自分とπが母を残して地球を去れば、母は「ありったけの幸福を持ち逃げ」され、一人取り残される。母が自分で自分に与えた仮初めの家族と、自分で教えてしまったそれを奪える方法。言わなければ、二人は気づかなかったのに。自分で積み上げ、自分で突き崩す、幸福な時間。永遠の置き去り。そんな結論に至ってしまった。
その結論から、残留の決心まで、マッキにどれほどの葛藤があったかはわかりません。ですが終局的に彼は、母との無限の円環に閉じられることを選びました。何万年何億年、地球が太陽に呑みこまれるその時に彼らがどうなっているのか、呑みこまれたその後に彼らがどうなるのか、永遠ならぬ余人に知る術はありませんが。

物語は終わって されど永遠に続いて

物語の序盤にマッキが抱いていた問いは、明確にそれとは知られぬ間に、登場人物たちの口から答えられていました。
実のところ、マッキ自身は、その問いに答えがあったらどうこうということを一言も言っていませんでした。ただ彼は知りたかった。聞いてみたかった。それはただの好奇心に過ぎなかったのか。
いつだって星を見ていたπと違い、マッキはいつも俯いていました。それはまるで、己の裡を覗き込んでいるかのように。手の届かない人間に憧れていたπのような願望は、マッキにはなかったのかもしれません。森羅万象への問いと、それへの答え。あるいは、答えを求める過程。あとは、寂しい時にそばにいてくれる母。それがあればよかった。のかも。
人間を選んだπの命はいつか必ず尽きますが、不死を、母を選んだマッキの生は永遠に続きます。それは物語が終わっても。πが星になっても。ひょっとしたらその時だけは、マッキも空を見上げて、手の届かない星の美しさに何かを思うのかもしれません。



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