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漫画の話です。

死を思う死なない永遠の日々『銀河の死なない子供たちへ』の話

π(パイ)とマッキの姉弟,それにお母さん。彼女たちは,地球に残った唯一の人間たち。でも,本当にそうかはわからない。ひとつに,もしかしたら地球のどこかにはまだ生きている人間がいるかも知れないから。もうひとつに,永遠に死なない存在を人間と呼んでいいのかわからないから。
彼女らは生きている。一万年前から,あるいはもっと前から。彼女らは生きるだろう。一万年後も,あるいはもっと先も。
死なない子供たちは,自分たちだけが死なない世界で,いったい何を思うのか......
銀河の死なない子供たちへ(上) (電撃コミックスNEXT)
ということで,施川ユウキ先生の新刊,『銀河の死なない子供たちへ』のレビューです。
人間がいなくなり,文明の痕跡も少しずつ崩れ,動物たちが自然のルールに従って生きている地球。そんな世界で,ただ三人だけ存在している,死なない人間たち。姉のπ,弟のマッキ,そして二人のお母さん。三人は死なない。津波に呑まれても,クジラに呑まれても,鍾乳石に貫かれても,首を吊っても,ハイエナに体を食い散らかされても,死なない。一万年前にも同じ姿だし,きっと一万年後も同じ姿。成長もしない。老いもしない。変化しない。死なない。ただひたすらに死なない。
そんな死なない人間たちが思うこと。死ぬとは何か。死なないとは何か。死とは何か。本作は,immortalな存在を描くことで,そんな問いを投げかけてきます。
一話(web連載時)から,πやお母さんがどんどん死んでいきます。正確には,死ぬような目に遭っていきます。もっと正確に言えば,普通なら死ぬはずの目に遭いながらなお生きています。何十年何百年と大地に寝そべって,津波に呑まれて,クジラに呑まれて,鍾乳石に貫かれて。でも,彼女らはその直後から普通に活動しだします。
死ぬような異常事態に出くわして死ぬのは正常なことです。死ぬような目に遭ったのに生き残る方が,よっぽど異常です。でも,彼女らは死なない。変わらない。異常な目に遭いながらなお正常な態度で振る舞い続けることの異常さ。読んでてクラクラします。
何をしても死なない彼女らに,食べる必要はありません。自身の生存に,他の命を必要としないのです。πが子イヌを飼うエピソードがありますが,彼女がペットに捧げるラップを歌い上げる中,当のペットのももちゃんは,口の周りを血まみれにしながら,涼しい顔で餌の鳥を食い散らかしています。それは生きるためです。
生きるために他の命を必要とする一個の生命。その脇で歌う,生きるために何もいらないナニカ。非情にグロテスクな落差が,一コマの中で描かれています。
作中で直接描かれてはいませんが,死なない彼女らは,おそらく殖えません。寝ている間にハイエナに四肢を食いちぎられても,気がつけば元に戻っているほどに,身体に変化の起こらない彼女らには,妊娠などという劇的な身体の変化は起こらないのでしょう(ならそもそも彼女らは,どうやって,どのような姿で存在し始めたのか,それはまた別の問題ですが)。
そんな自分たちを,マッキはシニカルにこう表現します。

いのちをつないでいく場所なんだ この世界は
僕たちは所詮 この世界とは無関係な部外者なんだよ
(p69,70)

いのちをつなげない自分たち。この世界とは無関係な部外者。不死ゆえに突きつけられる,絶望的なまでの疎外感です。
でも,部外者も三人いれば,またひとつの社会が作れる。だからお母さんは言います。

「久しぶりに みんなでごはんを食べましょう」
「必要ないのに?」
「家族には必要なのよ」
(p84)

三人だけの家族でも,家族は家族。社会は社会。自分が部外者にならずにすむ世界が,確かにあります。生命の維持に食べることは必要としなくても,生きるためには「みんなでごはんを食べ」ることが必要なのです。
小さな小さな世界で,大きな大きな世界の部外者として生きる,生き続ける彼女ら。読書家のマッキはこんなことを考えています。

…π 僕は長い間ずっと探しているんだ "生きている人間"を
人間はあんなにたくさんのことを考えたり書いたり物を作ったり壊したりしていた… みんな例外なく死んでいるのに あるいは死んでいくからか
まだ死んでいない人間に会って直接聞いてみたいんだよ いずれ死ぬことについて 死なないことについて
(p52)

爛漫に永遠の生を謳歌しているπと,沈鬱に永遠の生の意味を探し続けているマッキ。そんな二人の母。部外者たちの閉じた小さい三角形は,物語の途中で破られます。πやマッキが初めて出会う,生きた人間。それが誰なのか,どんな形の出会いなのか,是非本編で確かめてほしいのですが,三角形は破られ,マッキの長年の疑問を問いうる相手がついに現れたのです。
死ぬこととは何なのか。死なないこととは何なのか。それは,マッキが己に問い続けるだけでなく,mortalな存在である読み手にも突きつけていることです。必ず死ぬ存在にとって,死を問うことは,同時に生を問うことでもあります。必ず死ぬのに生きなければいけないのはなぜか。本作は,それにひとつの答えを,少なくともその考え方を提供しうる,壮大な思考実験となる作品だと思います。
銀河の死なない子供たちへ 第1話
みんなで読もう。ぜひ読もう。



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