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「惑星のさみだれ」泥人形と人間の話

最終巻発売からはや一ヶ月あまり。何度読み返してもその展開に涙が止まらない『惑星のさみだれ』。ええ作品やったで。

惑星のさみだれ 10 (ヤングキングコミックス)

惑星のさみだれ 10 (ヤングキングコミックス)

で、今日は最終巻発売からようやく書く『惑星のさみだれ』についての記事なんですが、テーマは「泥人形と人間」です。


惑星のさみだれ』における泥人形とは、表面的な意味としてそれは、アニムスによる地球破壊のための尖兵です。地球に直接的に送り込んでくるのは、古代ギリシャのポリス・アテネで用いられていた月の呼称をもじった*1都合12体(10体目のピュアノプシオンは群体のような存在であり、少々特殊ですが)で、地球破壊そのものを為すのは、「魔法使い最大の泥人形」たるビスケットハンマーです。獣の騎士団と姫=アニマの目的は、現世の姫であるさみだれにおいてはそうでない所がうねりあるストーリーの肝になっているものの、本来は泥人形の、そしてアニムスの撃破による、地球防衛となっています。その面から考えれば、泥人形の存在理由は攻撃性であり、それゆえ獣の騎士の一人である風巻豹は、アニムスに対抗するため、契約の願いにより泥人形を作る力を手に入れたのです。攻撃に対する攻撃、というわけですね。
ですが、そのような表面的、目的論的な意味とは別に、泥人形はある側面をもっています。それは、人間の心の一部の投影だということです。

「泥人形とは何だ!? 私とは何だ!? 私はっ…」
「…泥人形は皆の盾 捨て駒… 最初はそう思っていた でも違ったよ
彼らは僕の一部だ 心の映し 内なるものの投影 それが泥人形 この能力」
(8巻 p183)

作中で泥人形の作り手は、アニムスと風巻の二人ですが、彼らが作る泥人形は、彼ら自身の心の在り様を映し出すものであり、心の一部だというのです。

「こころ」
「キミの千変万化の能力を思い出していて気づいたんだ
形なんて何でも良かったんだ 自由に思えば アニムスの泥人形に似せる必要もなかったんだ」
「じゆう」
「自由なる変身能力 アニムスの心 キミは泥人形の最高芸術だと思うよ」
「げいじゅつ」
(8巻 p184)

泥人形、全てが全て、作成者の心を明晰に映し出しているというわけではありません。基本的に、後に作られたものほど泥人形の戦闘能力は高くなっており、それは後のものほどある種の人間らしさ、すなわち感情を表出しやすくなっている、ということです。8体目のメタゲイトニオンは「怒りで動きが荒くなっていた」といわれ、9体目のボエドロミオンは劣勢になってからの集中砲火に「怯んでいる」と言われ、風巻の泥人形であるミッドヴォッホは夕日に怒りの感情を見出されています。そんな泥人形だからこそ、アニムスの作った11体目の泥人形・マイマクテリオンが「最高芸術」と呼ばれるのでしょう。なぜなら、彼こそがアニムスの感情、というより欲望をもっとも強く顕現させている泥人形だからです。
マイマクテリオンの能力は変身。もともとの彼の身体は人間がうずくまったくらいのサイズの饅頭型であり、そのままでは何の攻撃手段も防衛手段もありません。知識をつけ、効果的な殺傷方法、強固な防御機構、相手を牽制する口上などを学ばないことにはどうしようもないのです。ですが、それは裏を返せば、知識を得れば得るほど、彼は強くなるという事でもあります。時間が経てば経つほど、知識を得れば得るほど、彼にできることは増えていくのです。
ですがマイマクテリオンは、ある時根源的な疑問にぶち当たります。「泥人形とは何だ?」それは、自分はどのような存在だ、自分が敵対している人間はどのような存在だ、泥人形と人間を分かつものは何だ、何をもって自己を自己といえるのかなどといった、極めて抽象的であり、同時にどうしようもなく具体的な疑問なのです。彼はそれを知ったところで、強くなったりはしません。騎士団の殲滅という目的とは特に関係のない疑問なのです。にも関わらずそれに悩み、死の間際にもその問いを咆哮します。彼の知識欲は、戦闘とは別次元のところにまで踏み込んでいったのです。
この底なしの知識欲。それはアニムスの存在理由と同じです。彼の目的は宇宙の始原を知ること。そのために、そのためだけに、アニムスは地球を壊し続けているのです。地球破壊は、手段でしかありません。知りたいことを知るためには、何の被害も厭わない。この行き着いた知識欲をもっとも色濃く反映しているがゆえに、マイマクテリオンは「最高芸術」なのです。アニムス自身も言っています。「…思えばあいつが一番ぼくに似てたな ぼくも本が好きでね」と。
そして、ある意味ではアニムス自身が泥人形であるとも言えます。時を遡りながら延々と地球を壊し続けていた彼、その身体はすでに生身のものではなく、土によって生み出されたものとなっていました。彼自身がファウスト的欲望のためだけに存在させる土くれで出来た肉体。限りなく本人に近い泥人形。それがアニムスだったのです。
閑話休題
泥人形が人間の心の一部を映し出しているということは、それを如何に作り出すか腐心することで、人間の心のありようとはどのようなものなのかという内省にまで繋がっていきます。
アニムスの泥人形に対抗しようとする風巻に対し、アニムスは言います。

キミはぼくの泥人形を越えられない
それはキミの能力が後追いだからだ 人間たるキミの限界だよ
(8巻 p15,16)

風巻は悩みました。悩みました。そして、悩んだ末に答えを出しました。

…何でもいいんだ
クー わかったよ 11体目のことを考えていたらわかったんだ
何でもいいんだ
何でも良かったんだ
(8巻 p157)

風巻の能力は、前述したように、アニムスの能力の後追いです。アニムスに対抗するために、彼を真似たのです。それゆえ、風巻自身が作る泥人形も、アニムスが作るそれにあえて似せていました。ですが、そうなると彼に追いつくことが出来たとしても、彼を抜くことは難しい。誰かを真似るだけの人間には、真似た相手と肩を並べた後に、それ以上にどう成長するかのビジョンがないからです。それを越えるために風巻は悩み、悩んだ果ての答えが、「何でもいい」。それは泥人形、即ち心のあり方に限界を設けないという事であり、以前にも記事で書いた、「奇跡の確信」というやつと根っこを同じくしています。アニマからのアドバイスにもありました。

超能力の基本は確信だ 起きる現象と無意識の領域から確信すること 迷ったら己の腹に聞け
腹の声が聞こえない時は自らで耳をふさいでいると知れ
(8巻 p11)

風巻が作った12体目の泥人形・エンデは、彼の従者であるクー=リッターを模したものであり、そしてそれが彼の「最も信頼する形」です。この「信頼」は、アニムスにはなかったものでした。彼の生み出したエンデは、アニムスの足止めをし、アニムス側の12体目の撃破に貢献しました。そして、風巻が最後に出した13体目・未来ツークンフトは、彼自身を模したものでした。それは、自らの根源的な欲求を追い求めるためにアニムスが自身の泥人形を作ったことと、おそらく意味は同じです。風巻が一番初めに頼んだ契約の願いは、アカシック・レコードの掌握。それゆえに、アニムスは風巻を自分の仲間にしようとしたのですが、風巻にはその先がありました。彼の本当の目的は、アカシック・レコードの知恵により全人類を幸せにすること。つまり彼は、正義の味方っぽくない老獪さを備えた正義の味方だったわけで、そんな風巻が地球を、未来を守るという根源的な欲求のために自分自身を模した泥人形を作ったのは、目的と欲求の最短直結という意味で、筋の通った話であったと思うのです。


とまあそんな感じの、「泥人形と人間」でした。
またしばらく経った後に読み返すと新たな発見があるんだろうなと、そう思わせる『惑星のさみだれ』なのですよ。




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