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恋愛漫画にしてミステリー『ラ・プティット・ファデット』と、原案『愛の妖精』の話

しかくの先生の『ラ・プティット・ファデット』が面白かったので、原案の小説『愛の妖精』(ジョルジュ・サンド)も読んでみました。漫画版のレビューをしつつ、両者の違いなんかを書いてみたいと思います。以下、漫画版を『ファデット』、小説版を『愛の妖精』として、区別していきまーす。

ラ・プティット・ファデット La Petite Fadette

ラ・プティット・ファデット La Petite Fadette

愛の妖精 (岩波文庫)

愛の妖精 (岩波文庫)

まずは『愛の妖精』がどんな内容なのか、というのを簡単に説明するところから行きましょう。
舞台は19世紀初頭のフランス農村。富裕な農家・バルボー家に生まれた双子の男児、シルヴィネとランドリーと、村では魔法使いと畏怖されている老婆・ファデーの孫娘、ファデット。色黒ではしっこく、年頃になってもちっとも女らしくならないことから「こおろぎ」とあだ名される彼女に、初めは嫌悪を示していた双子でしたが、ふとしたきっかけからランドリーはファデットに心惹かれ始め、また、彼に想われたいと思うようになったファデットも女性らしいしとやかさを身につけだす。しかし、二人が惹かれあえばあうほど、弟の愛情を独占したいと熱望するシルヴィネは自らの愛憎に心を焼かれ……
てな具合のお話です。19世紀農村の男女の恋愛と、仲睦まじく育った兄弟の愛憎が絡み合う、作者のジョルジュ・サンド屈指の田園小説と言われています。
さて、『ファデット』はこの小説を原案としてどのような作品に仕上げたかと言うと、驚くなかれ、ミステリー仕立てなのです。そりゃあ原作じゃなくて原案にと称さざるを得ない。
『ファデット』では、このように作品の幕が開けます。
列車の中で偶々乗り合わせた二人の男性。無言で本を読み続ける帽子の男性に気詰まりを感じたのか、もう一人の男性が話しかけます。しかし帽子の男性は喋れないわけではないだろうに、身振り手振りで答えるばかり。
「その乗客は静か過ぎたのだ だから だから私は」
男性は、その「静か過ぎる」乗客に、自分の考えた「小説」を批判してくれないかと頼む……
で、それで語られる「小説」が、『愛の妖精』を下敷きにした物語なのです。
その「小説」の舞台は、地域は同じ(作中ではぼかされていますが)ですが、時代が一世紀ほど下り、前世紀(19世紀)末から今世紀(20世紀)初頭。これは、ミステリー仕立てにするためアガサ・クリスティの『ポケットにライ麦を』(帽子の乗客が読んでいた本)に絡めたかったからとのこと*1です。
ミステリー仕立てといっても、途中まで筋書きはほとんど一緒。省かれているエピソードもありますが、最初は嫌っていた「こおろぎ」にランドリーが徐々に惹かれだし、それにつれてシルヴィネがランドリーへの愛憎の板ばさみで自己嫌悪に陥るという流れは同じです。
『ファデット』でも、『愛の妖精』にある恋愛小説の筋書きをなぞっているために、その後に来る悲劇が盛り上がるのですよ。
つまるところ誰かが死ぬのですが、それは『愛の妖精』にはない部分。『愛の妖精』はハッピーエンドと呼んで差し支えない終わり方をしますが、漫画では少々陰鬱なエンディングを迎えます。しかし、忘れてはいけないのが、『ファデット』ではこの話は男性が語った「小説」であるということ。語り終えられた「小説」は語った男性へと収束して、『ファデット』は一気にエンディングへと向かうのです。


スカッとせずに終わる陰鬱なミステリーとして楽しむもよし、その前段階までの、一世紀ほど前のフランス田園地帯での清新な恋愛譚と読むもよし、味わい深い作品です。作者も、この時代この地方の普通の農民の服装や習俗を調べるのに苦労したようで、そこら辺に着目して読んでも面白いでしょう。
また、『愛の妖精』を読んで思ったのですが、「いま・ここ」の自分から遠く離れた世界・文化を味わうには、「いま・ここ」の自分をカッコに入れて、その作品の中の常識を内面化しなければ難しいですね。『愛の妖精』の19世紀フランスの農村的・キリスト教的・閉鎖的・家父長的文化は、「いま・ここ」の現代人が読んだら気分を害しかねないものだし、それに唯々諾々と従って生きる登場人物たちに不満もでるでしょう。それを当為のもの、それに従って生きるのが当たり前のことという前提に立って読むことで初めて、登場人物たちの行動原理が理解できるのです。というか、そういうのを楽しめるようになることで、「いま・ここ」にない常識を知ることができるのが、古典のいいところかなと思ったり。
じゃ、そんな感じで。




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*1:あとがきより