移動ドでシの音がない(『化物語』 撫子OP「恋愛サーキュレーション」には"シ"の音がひとつも無い 今日もやられやく)とのことで余りの作曲センスに話題を掻っ攫いましたが、この曲、タイトルの方もなかなか意味深であるように思えます。ま、こちらは意識してやってるようには見えないんですけども。
それはともかく、何が意味深かと言うと、「恋愛サーキュレーション」の「サーキュレーション」。これはcirculationという単語で
1 巡ること;血液循環, 血行;(水・空気などの)流通, 循環
2 (場所から場所, 人から人への)移動, 通過;(うわさなどの)流布;(貨幣の)流通;(情報の)伝達
3 (雑誌・新聞などの)配布;(図書の)貸し出し;*1*2(…部の)発行[配布, 貸し出し]部数*3
4 通貨, 流通手形.yahoo!辞書
という意味です。
んで、「恋愛サーキュレーション」の歌詞そのものには、これらの意味を想起させるものは出てこないのですね。
恋愛サーキュレーション 歌詞タイム
無理矢理関連付けて、「進化」や「めぐり逢えた」などが近いのかもしれませんが、それでも「循環」や「流通」、「伝達」などの意味からは遠いです。
こうなると「サーキュレーションなんのこっちゃ」となりますが、これを歌っているのが蛇に憑かれた少女、千石撫子であることを考えると、ちょっと意味深になってきます。
撫子は蛇切縄に憑かれていたわけですが、蛇といえば、脱皮することから古来より再生や不老不死の象徴として扱われていましたし、錬金術では自らの尻尾を咥えた蛇=ウロボロスが相反するものを合一する象徴とされました。
こんなやつですね。見ての通り、自らの尻尾を咥えた蛇には始点も終点もなく、永遠性、循環性などを意味します。そう、撫子にまつわる蛇には、循環の意味性があったのです。
循環。即ちcirculation。
循環する愛。永劫の愛。言葉だけ見るとロマンチックさもありますが、ここに撫子の性格、というか作中(小説)での描写を考えてみましょう。初出の「なでこスネイク」こそ、こよみお兄ちゃんを思い続けていたあえかな少女という描かれ方ですが、「つばさキャット」では変な方向に発露する羞恥心やコアなアニメの知識が設定され、偽物語ではそこに腹黒さがつき、神原をして「ラスボス」と言わしめました。
暦に対して周到に、執拗に手練手管を用いて外堀を埋めていく撫子。そんな彼女の歌う「循環する愛」「永劫の愛」というのは、なかなかにブラックな感じです。それこそ、暦の身体にじっとりと絡みつく蛇のような。
そんな風に思っちゃうと、歌詞の二番が終わった後のカタカナの部分がちょっと怖くなりますね。吐息の混じったような歌声も、なにかこう耳朶を弄られるようで……と、考えれば考えるほどブルブルきます。
蛇に憑かれた少女・千石撫子が歌う「恋愛サーキュレーション」。柔弱で華やかな曲調の裏側に、蛇と循環にまつわるちょっとダークなニュアンスも隠れているんじゃないか、というお話でした。
どうなのかな。それを意識したにしては歌詞に関連性がなさ過ぎるし、さりとて語呂がいいから偶々使った、にしては突飛過ぎる。「シ抜きで」に比べてグレーの部分が大きい案件ですが、まあこんな解釈もなくはないかな、と。
あ、ちなみに僕は真宵派なんで、そこんとこよろしく。
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