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漫画の話です。

楽しさに満ち溢れたラクガキの時間 九井諒子『デイドリーム・アワー』の話

 原作漫画が完結し、アニメもスタートした『ダンジョン飯』。
 そして本日発売されたのが、九井諒子ラクガキ本『ディドリームアワー』。

 『ダンジョン飯』の筆慣らしや、キャラ固めのための習作イラスト、漫画がちょこちょこ、その他デビュー前から描き溜めていたイラストやスケッチなど、九井先生曰くの「私が私のために描いた絵や漫画」です。
 表紙・裏表紙で花散る中で踊るキャラクターたちを見ればわかるように、楽しさに満ち溢れたラクガキ集。九井先生が楽しく絵を描いてるんだなというのが読んでて伝わってくる、伝播性の高い楽しさです。ウキウキしちゃうね。
 
 本は4部構成。
 1部が『ダンジョン飯』のキャラ練習やキャラ固めのために描いたイラスト。
 各種族ごとにまとめたバストアップイラストや、キャラクター間の衣装交換、チェンジリングによる種族変化、髪型変化といった個人イラストもあれば、女性キャラクターの化粧のステップ、朝の支度など、流れのあるイラストもあり。また、一緒に飲んでるチルチャックとナマリなど、本編では絡みのなかったキャラのイラストもあり。
 パーティーのリーダー(ライオス、カブルー、シュロー、ノームのタンス、若かりしセンシが所属していた坑夫団のギリン、カナリア隊のミスルン)がメンバーとどういう距離感で接していたかを表すイラストなんかもあって、なるほど、こういう絵を描くことで自分の中で関係性が練られていくんだな、というのが感じられます。
 まず頭で考えたり具体的に言葉にするのでなく、まず直観的に絵で描いてみて、そこから逆算的にキャラクター性や関係性を言葉にしていく。勝手な想像ですが、そういう漫画の作り方もしている気がします。

 2部は、やはり『ダンジョン飯』の主にラクガキっぽいイラスト。本編に活かすというよりは、気分転換に描いてみた感じの各種イラストです。
 現代の服を着た各キャラや、海で遊ぶちびデフォルメされた各キャラ。ハロウィン絵やサンタコスの絵。魔物着ぐるみを着たマルシル。プレゼント交換をするとしたら各キャラは何を用意するか、そして各々にランダムで配られたプレゼントに対してどういう反応をするか、なんて絵もあります。
 オマケ感というか、お祭り感というか、ビックリ箱感というか、「これを描くと気分転換になるぜ!」という感じの楽し気なイラストばかり。
 拙者現パロ大好き侍、現代の服を着る各キャラの姿にニッコリで候。

 3部は漫画。隊商で働いていた時のライオスや、タンス夫妻に育てられていたカカとキキの子供の頃の一幕、欲を翼獅子に食べられ救出されたばかりのミスルン、お化粧を買いに行く魔法学校時代のファリンとマルシルなどの、各キャラの過去の話もあれば、夏の町を歩いたり夏祭りを楽しむセンシとイヅツミや、お好み焼き屋に行くライオス・カブルー・シュロー、現代料理に舌鼓を打つカナリア隊などの現パロもあります。
 1~2ページの短い紙幅できちんと抑揚がついた漫画として仕上がっていて、各キャラもよく立っている。読むと、キャラ立ちに必要なのは説明のための言葉ではないのだなとよくわかりますね。表情や仕草、態度でいかに説明的な台詞を省けるかで、漫画ってのはすごく読みやすくなるんだなと。

 4部はデビュー前からデビュー直後まで個人サイト上で公開していた各種イラストです。水彩風の人物画もあればファンタジーなデフォルメ絵もあり、漫画もあり、なぜか料理の手順のイラストもありとごった煮。
 カラーで描かれてる幻想的な風景画のドチャクソなうまさに腰が抜けました。原画が欲しい。

 特に1部のイラストを見てて不思議な気分になってくるのが、ノームやドワーフ、あるいはオーガやオークなどの魅力。頭身が低くて肉付きが良くて、私たちの思う一般的な人間(トールマン)とは明らかに違う身体つきで描かれながら、そこにたしかに彼女らの種族としてのかわいらしさを感じられることです。
 (トールマンと違うという意味で)デフォルメの効いた、ろうたげなかわいさではなく、その種族内での成長した姿として描かれた上で、かわいさ、美しさがあります。トールマン基準の美しさ(等身や体の凹凸など)を各種族に当てはめた評価ではなく、その種族特有の体型から感じられるバランスの良さ。
 2巻のおまけ漫画でライオスがオークの女たちの美しさについて、人間と「基準はそんなに違わない」と言っていますが、鼻筋とか目の大きさとか乳房や尻の形とかについて、それがオーク内での美しさの基準になるという意味で、人間の美しさの基準をそのままオークに当てはめている(美しいオークは人間と同じ美しさを持っている)わけではないと思うんですよね。
 その意味で、なんか『異種族レビューアズ』を連想しちゃいましたね。フラットな視点で見れば、どの種族もその種族としての魅力があるんだなと(『異種族レビュアーズ』は単にフラットではなく、徹頭徹尾スケベという意味でのフラットですが)。

 ちなみに私の一番好きなイラストは、1部に掲載のイラスト番号042(45ページ)の踊るマルシル。微妙にダサいダンスを実に楽し気に踊るマルシルが実に楽しそうで本当に楽しそうで、もう最の高。


 ノリノリの表情もそうなんですが、指先の開きや手首の反り、膝の折れ、首の傾きなど、各部位の描写と全身の絶妙なバランスがあいまって、緻密に描かれているわけではないのに身体が躍動に溢れているんです。もちろんマルシルの体は服に隠れているんですが、その下の筋肉は正確無比の配置でイメージされているんだろうなと思ってしまいます。知らんけど。いやでもこの絵の人体のバランスと躍動感は感動的。

 1980円と少々お高い本ではありますが、満足感は半端なじゃないです。一日中見てられる。イラスト自体の魅力もさることながら、そのイラストから感じ取れる(気がする)九井先生の絵の描き方のスタンスであるとか、キャラ立ての考え方とか、そういうのを考えてもどんぶり三杯いけます。
 ファンならずとも、ぜひ紙の書籍で手に入れたい逸品。

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