アニメ『3月のライオン』の第一話が先日放送されました。
- 作者: 羽海野チカ
- 出版社/メーカー: 白泉社
- 発売日: 2016/09/29
- メディア: コミック
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さて、第一話(アニメでもChapter表記をしていますが、放送一回分ということで便宜上そう表現しますが)で私が一番グッときたのは、原作では、朝起きてから対局するまでの流れを描いた中でさらっと挿入されている、零が誰もいない対局室に入ったシーンです。原作ではそこまでの流れの中のほんの一コマに過ぎないのですが、アニメではたっぷり尺をとっていました。それまで流れていたBGMを消し、誰もいない対局室の全景をなめるように映し、音がないからこそさやかにそよぐ光や風の動きが映える。大きく静かな川の流れがこちらを呑みこむかのようなシーンに息を飲み、いっそ神聖ささえ感じました。
原作者である羽海野チカ先生は、12巻封入の新刊ペーパーで本アニメについて「真っ向からガチで忠実過ぎる位に原作を「そのまんま」映像として動かして再現して下さっています」と書いています。確かに、各シーンのカットやセリフ回し、デフォルメの描写などを見るに、原作の空気を極力再現しようという意気込みはひしひしと感じられます。同ペーパーにも「だって原作の空気感まで完ペキなんですもの」とありますし、多少のリップサービスを加味しても、それは原作者も認めるところなのでしょう。
けれど、私がグッときたシーンは、むしろ原作の描写から逸脱したものです。前述のとおり、漫画ではさらっと流されているシーンですが、わざわざ尺をとり、漫画にはなかった意味合いを込めている。アニメ制作サイドに、後々の展開を考えれば、ここで対局室、すなわち主人公が人生を賭けている空間に強い意味を与えておきたいという意思があったであろうことがうかがえます。
原作に忠実に作る中でのあえての逸脱。だが、それがいい。
勝手なことを言えば、原作に忠実過ぎるメディアミックスなんて面白くないんですよ。忠実に作れば作るほど、じゃあそれ原作見てればいいんじゃない? ってなりますから。特に漫画→アニメのメディアミックスの場合に、それが顕著になります。
好きな漫画に没入しながら読んでいるときは、白黒の中に色は見えてくるし、微動だにしていない中でキャラクターは動きだすし、無音の中で音声は聞こえてきます。もちろんそれは自分にしか見えないし聞こえないものですが、もしその作品が映像化された場合、原作に忠実に作れば作るほど、そのアニメは私的な幻視や幻聴に近くなるのではないかと思うのです。いや、近くなるというよりは、自分の想像から外れなくなる。アニメを見て、「ああ、そんな感じになるよね」という気持ちになってしまう。そんな気がするのです。
正直なことを言えば、あの対局室のシーンがなければ、一話を見て「まあ、続きは別にいいかな」と思ってもおかしくありませんでした。それほど原作に忠実な映像化でした。つまり、それだけ自分の想像の範疇を踏み越えないアニメでした。
もちろん、忠実だから悪いということはなく、原作を知らない人にアニメを見て作品の面白さを知ってもらうなら、原作に忠実であればあるほどいいのかもしれません。ただ、それ「だけ」だと、私には少々物足りない。そういう話です。やっぱりせっかく別のメディアで味わうのだから、別の作り手がかかわるのだから、その作り手のエゴが見えてほしい。こういう作品にしたいという意思が見えてほしい。そういうわがままです。
ただ、やっぱり不思議だなと思うのが、もともとが、静止した絵と、無音の文字の構成を媒体とする漫画を、色のついた動く映像と、声や音、BGMが入ったアニメという媒体に変えても、原作に忠実に作ろうと思えば忠実に作れるのだな、ということです。「そうなるのか!」という驚きではなく、「やっぱりそうなるよね」という納得。そうなる(できる)のが不思議なのです。
鑑賞する際の時間を自分で操れる漫画と、作り手に従うしかないアニメ。この差は以前から考えているものです。漫画は、絵や文字が書いてあるページを自分のペースでめくることができる一方、アニメは、実際に動くキャラクターや音声など制作側が意図した時間の進め方に従わざるを得ません。このように、作品の受け手はその受け取り方に大きな違いがあるのですが、作り方を工夫すれば(今回の例でいえば、原作に忠実に作るということですが)、物語から受け取る印象を極めて近似のものにできるということがわかりました。それは、受け手の時間の感覚は、物語と本質的なところで無関係であるということなのかもしれません。
最後は少し話がそれましたが、アニメ『3月のライオン』におかれましては、今後も原作を忠実に踏襲しつつ、要所要所で「いや、俺はここをこう描きたいんや!」と熱い逸脱を見せていただければと思います。お気に召しましたらお願いいたします。励みになります。
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