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漫画の話です。

怪談を生んだ、自分も知らない心の奥底『こころの一番暗い部屋』の話

 ここは作家が集まるネットの通話コミュニティ。プロアマ問わず、作家なら誰もが参加できる通話ルームがいくつもあるけれど、その中の一つに、「キーワード怪談」が流行っている部屋がある。参加者がキーワードを一つずつ挙げ、それらを元に誰かが即興で怪談を作る「キーワード怪談」。即興で生まれた怖さの奥には、語った当人でさえ意識していなかったこころの部屋がある。そこにいったい何があるのか、それが知りたくて今日も誰かは怪談を語るのかもしれない……

 ということで、現在ジャンプ+で連載中、雨夜幽歩先生の『こころの一番暗い部屋』のレビューです。現在ジャンプ+で連載中の作品の中で、五指に入るお気に入りの本作。待ちに待った単行本発売です。

 本作は冒頭の通り、「キーワード怪談」をネット越しに語り合うという体裁。
 ホラーの一ジャンルとしての怪談、すなわち、自他問わず誰かの身に起こった怪奇体験を語るという作品形態なわけですが、キーワード怪談は即興で作るものであり、その意味で、創作であることが初めから明言されているようなものです。でも、創作だから怖くない、実体験じゃないからつまらないなんてことはなく、適切な語り口と想像の枠からはみ出ていくストーリー、そしてそのお話の中で登場人物(怪談の当事者)が何をどう感じているのかということが丁寧に語られれば、お話にどっぷりと入り込んで、えもいわれぬ恐怖を味わうことができます。

 たとえば、幼少期に大きな岩に魅入られかけた話。
 たとえば、交差点を写す定点カメラで見かけた怪しい女の話。
 たとえば、小学校で流行った男子のいたずらがエスカレートしていく話。
 たとえば、子供が巣立っていく大家族で最後に残ったものの話。

 いずれも、聞く者の心をそっと逆撫でて、波紋を深く残していく話ばかりです。
 
 でも、本作の特色は、怪談が語られたその後です。本作の主人公にして、このトークルームの常連である売れないホラー作家の朱雀奏、通称「かな」や、同じく常連の「なな」が、語れた怪談を聞いた後に話す感想。それこそが、本作をただの怪談漫画から外れたものにしています。

 「かな」や「なな」は、語られた話をちゃんと怖がります。その上で、その話の奥にあるものを感じ取ります。キーワードから即興で考え出した誰かの創作怪談の奥にある、怖さ以外のなにかを。
 比喩的に言いましょう。
 キーワード怪談を語るとき、語り手は聞き手を、恐怖が待つ部屋に案内します。そこには語り手が用意した、聞き手を怖がらせるためのお話が待っています。行ってみればお化け屋敷。聞き手はそこでワーワーキャーキャー怖がります。でも、よくよくその部屋を見れば、まだ奥に通じる扉があるのです。その先は、こころの一番暗い部屋。語り手自身も、そんなところにそんな部屋があるなんて知らなくて、何があるかわかっていません。だってそこは一番暗い部屋だから。何があるのか見えないから。
 その扉を見つけた「かな」たちは、部屋の中に感想という名の光を投げかけるのですが、そこで見えてくるものはなんなのでしょう。

 たとえば、自分の未来を良くも悪くも狂わせてしまった鮮烈な体験。
 たとえば、自分は世界から切り離されているのではないかと苛んでくる強迫的な孤独。
 たとえば、あのとき言ってしまった言葉と見つけられなかった言葉の後悔。
 たとえば、あたたかなものに憧れて、でも離れていってしまう寂寥。

 キーワード怪談を語った人たちは、「かな」たちの感想を聞いたときに、初めてそれらが見えてきた。確かに自分の心の中にあるのに、まるで見えていなかったそれらが。
 
 恐怖とは、未知です。人が何を怖がるかと言えば、自分の知らないもの、自分にわからないもの、自分にはどうにもできないものです。知覚も理解も干渉もできないものに出会ったとき、人はそれに己の意を通ずることができず、恐れ慄くのです。
 その意味で、恐怖とは未知の表層に現れたテクスチャー。それを剥がせば下からは、自分の知らないもの、自分にわからないもの、自分にはどうにもできないものが現れてきます。「かな」たちの感想は、テクスチャーに切れ込みを入れるのです。

 そして現れたそれは、「かな」の言うところの「肉声のようなもの」。

怖い話って 正直嘘じゃんって思うものも多いじゃん
でも時々 あ この部分『ほんとう』だ、って確信する事があるんだ
実際に起こった事って意味じゃなくて その人の心の中での真実…っていうか
(1巻 p45)

 知らないのに、わからないのに、どうにもできないのに、心の一番奥の部屋で鎮座しているもの。
 知らないからって、わからないからって、どうにもできないからって無視して放り投げることもせず、見ないようにして心の奥底に置いておかざるを得なかったもの。
 それから生じた話を聞いたときに、感受性の鋭い「かな」のような人間は、物理的な感触にも似た手触りがごとき「肉声のようなもの」を感じ取り、それがその人の「ほんとう」なのだと看取するのです。

 「かな」や「なな」の感想を聞いた怪談の語り手たちは一様に、まさにその感想がどのように作用して、今し方自分で語った話を生み出すに至ったかの心の機序を自ら辿ります。それはあたかもカウンセリングやセラピー。あることも気づいていなかった扉を開けて、その中に何があるのか、自らの目で見るのです。
 未知のものが怖いのは、それが未知だから。同語反復ではありますが、そこから抜け出すのはある意味簡単。知らないから怖いのなら知ればいい。目を逸らしていたものを見てやればいい。暗い部屋に光を当ててやればいい。
 でも、その部屋に行くには、まずその部屋の存在を知る必要がある。扉を指してもらう必要がある。たとえばそう、誰かに自分の怖い話を語ることで……

 てなもんで、ただ怖いだけにあらず、もう一ひねりして、その怖さがどこから生まれたのかを考えることで人の心の複雑な部分に触れることのできる本作、かなりのおすすめです。
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