A代表に呼ばれるも、活躍の機会を得られないことに、自分で思ってもいなかったほどに悔しさを覚える椿。そんな彼をベンチに据えて、日本対ウルグアイとの親善試合が始まった38巻。
GIANT KILLING(38) (モーニングコミックス)
- 作者: ツジトモ,綱本将也
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/01/22
- メディア: Kindle版
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笑わせるなよ
軽いんだよ プレーも! 口走ってることも!
(中略)
いいか
俺らがいくら前より良くなった気になってたって 相手のスタープレイヤーがゴールを決めたらホームのスタンドが沸いちまう…
これが今の俺たちの現実だ
ちょっとやそっとの変わったくらいの意識じゃ意味がねえんだ ブランが言ってたように崖っぷちに追い込まれてる……
そう思って後がないくらいの気持ちでやらねえと
俺たちは結局「情けない日本代表」のまんまだぜ?
(38巻 p143,145)
チームを、そして自分自身を追い込むべく発せられたこの言葉、何かを思いださせます。
俺は今 このチームはかなりやばい状況にあると思ってる
俺と同じ考えの奴もいるだろうし そんなことないという意見もあると思う
問題は
その意識のズレだと俺は思ってる
今シーズンの俺達は例年になく勝つことができている 強豪とも互角に渡り合ったりして 実際に随分と成長したとも思う
でも根っこの部分ではどうなんだろうか
勝って乗れてる時は自信に満ちたプレーができても 結果がついてこなくなると昔へ逆戻りだ
俺は…
このチームが本当の意味で成長できているとは思えない 勝って得てきた自信を自分達のものにできてない
これだけ勝ってもまだ ETUは1部に残留してきたことしか自信にできないチームなのか?
(30巻 p205〜207)
達海の引退試合となったミニゲームの直後、痛々しいほどの達海の姿を目にして神妙になったチームメイトへ向けて、杉江が言ったセリフです。
2部への降格ラインでの瀬戸際の戦いを長年にわたって続けてきたETUが、今年に入って連勝して、連敗して。自分たちが強いのか弱いのか、よくわからなくなってしまったチームの戸惑いを、この言葉は辛辣に抉り出しました。
前回のワールドカップで惨敗した日本代表と、残留争いに疲弊しきっていたETU。ブランが監督に就任してから国際試合で好成績をおさめてきた日本代表。達海が監督に就任してから優勝争いに絡めるのではないかというところまで順位をあげたETU。両者の状況はよく似ています。そして、強豪を相手にして苦境に立つと自分達の力を信じきれず、心が竦んでしまうところも。
いくら結果を出し始めているとはいえ… このチームは自信を取り戻しつつあるに過ぎないんだ
要するにマイナスからゼロに戻った状態 ここから本当の意味でチームを強くしていくためには 更に自分達を厳しく追い込まないと
(38巻 p172)
要するにさ 仕切り直すレベルが何処かって話でしょ
連勝したり引き分けたりで ずっとここら辺にあったプライドが
上手くいかなくなった途端ここまで下がる まるで振出しに戻ったみたいに
杉江さんの言ってんのは その立ち返る位置をここら辺まで上げようぜってことでしょ
ETUは元々弱いだの… 勝てたら金星なんて考え方自体甘ったれてる
本当に強いチームは もっと厳しく自分達を追い込んでんじゃねーの?
(30巻p207,208)
ブランの言葉と赤崎の言葉も、見事に符合します。どちらもまだゼロからマイナスに戻ったところであり、「ここから本当の意味でチームを強くしていくためには 更に自分達を厳しく追い込まな」くてなはならないのです。
では、そのためになにが必要があるのか。
それは、変化を恐れないことです。慣れに居着かないことです。
限られた時間の中でチームに戦術を浸透させられる… そのために一番効率がいいのは召集するメンバーを固定することです
しかしこれには落とし穴もある… それが先程言った「慣れ」です
代表に選ばれる自信があるのは大いに結構ですが それが過信になってしまうのは困る
(36巻 p150)
変化が少ないことによる安定。それは組織を運営する上で大事なことではあります。人間の身体や精神がそうであるように、組織内部の急激すぎる変化は母体に大きな負担を強い、時として致命的な損傷を与えることもあるのですから。身体を気圧に慣らさないまま高地へ赴けば高山病に罹りますし、新しい職場や学校で人間関係をうまく構築できず心を病んでしまうこともあります。変化・刺激は、母体が耐えられる程度のものでなくてはまずいのです(もちろん、どの程度まで耐えられるかには個人差がありますが)。
けれど、安定しているだけでは、変化がないのでは、「慣れ」が蔓延してしまうようでは、それもまた組織の成長には有害です。ブランの言うように「落とし穴」なのです。
「慣れ」を嫌うブランのこの姿勢は、既にU-22の試合を観戦する際にも見られます。
ミスターゴウダ 五輪世代の指導は君の管轄だ 僕は口を出すようなことはしないよ
…と言ったそばからひとつだけ言ってもいい?
君たちはA代表とは違う 若者達で作られし日本代表だ
若者は失敗する生き物… そして未知なる可能性を秘めている
ミスターゴウダ… どうか失敗することを恐れずに…
彼らの可能性を引き出す… 魅力的なチームを作って欲しい…!
(28巻 p84,85)
そして、その言葉を思い出して剛田監督が言った言葉が
早いんだよな 20歳そこそこのこいつらが自分達のサッカーなどと型にはまった考え方をするのが
プレッシャーにたじろいでいたのは我々の方かもしれん こんな保守的なやり方では…
オリンピックはおろか… ブランの所へ選手を送り込むこともできんよな
(28巻 p79,80)
「型にはまった」とはすなわち、そのやり方に「慣れ」てしまっているということ。それでは組織の成長に、選手の可能性に、魅力的なチームにプラスとなりません。その結果投入されたのがボランチの椿で、型を打ち破るべくとられた采配の結果は28巻の通りです。
そして、ブランに「友達」と言わしめる達海が指揮するETUの中にも、「慣れ」は忌避するものであるという考えの萌芽は見られていました。
今までこのクラブは勝てなかった分…… ただ勝つことだけに集中すれば良かった
達海さんのやり方に刺激を受け
勝ち続けることで世間の見る目も変わってきたし
椿や赤崎のように評価される選手も出てきた
だがその一方では
この体制にも慣れが生じてきてる頃だろうし なかなか出場機会に恵まれない奴らは面白くないことだってあるだろう
それぞれの考え方の違いが表立ってきても仕方ないのかもな
こうも勝てない状況が続くとよ
(30巻 p40,41)
日本代表にもなった経験のあるベテラン緑川は、チーム内に漂いつつある慣れをいち早く察知し、そこに停滞の兆しを感じ取っていました。
思えば達海がとってきた数々の奇抜な練習、サッカーテニスでレギュラーを決めたり、目隠しサッカーをしたり、合宿の選手部屋のペアをランダムにしたりというのは、それ以外の狙いもあるでしょうけど、慣れを打ち破るという目的もあったのでしょう。それは直接言葉にせずともチーム内に浸透しつつありました。
さて、その組織の成長に邪魔となる「慣れ」。それを打破するためにはどうすればいいのか。
とはいえチームを壊すような真似はできません フィリップに離婚を勧めないのと同じようにね
そうなると大事になってくるのは 危機感を常に持つことです
チームにとってそれは競争 今回初招集したメンバーはその役割を担える選手達です
(36巻 p151)
組織を「慣れ」に居着かせず、適度な刺激=危機感を常に与える。そのために競争を組織内部に起こす。それが、組織に成長をもたらすとブランは考えているのです。
そして彼の「友達」である達海にも、チーム内での競争を明確に奨励しているシーンもあります。
いいか よく聞けよ
ライバルや周りの選手が上手くなることを恐れるな むしろ歓迎しろ
お前達には 人一倍負けず嫌いの精神があることを俺は知ってる
そしてキャンプを経て自信もついたはずだ 各々このチームで戦っていくための武器はわかってきてるだろ?
周りのレベルが上がってきたとしたって 伸び盛りのお前達なら大丈夫だよ
お前達ならおのずと… 自分の武器を磨こうと必死になれる
…… わかるだろ?
仲間が上達して自分の立場が脅かされることと 自分の実力が向上することは直結してんだ
すなわちこれはチャンスなんだよ
(18巻 p54〜56)
ことほど左様にブランと達海の考え方は似通っているのです(なお、ETUのGMの笠野も「チーム力が上がる一番手っ取り早くて決行的な方法はなんだかわかるか? 選手間での競争が激しくなることだよ」(31巻p103)と言っています)。
そのブラント達海、両者に見込まれた椿は、ウルグアイ戦でどんな活躍を見せてくれるのでしょうか。39巻にwktkがとまりません。
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