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漫画の話です。

最高の負け試合で美しく散れ! 『夕空のクライフイズム』の話

中の上くらいの実力である私立木登学園サッカー部。元々弱小だったチームを数年でそれなりの強豪校にまで仕上げた監督だったが、周りからの期待に圧され、次第にその指導は、負けをひどく恐れる余りの高圧的でつまらないものになってしまっていた。
高2の今中は、才能はなかったもののそれを努力で補い、そこそこのドリブラーにはなれたが、チーム方針と合わず万年ベンチ。腐っていた。
部員の間でも監督のやり方に対し倦怠の空気が蔓延していたそんな折、監督が突如引き抜きに遭い部を去った。後任に就いたのは、中等部でサッカー部の監督をしており、今中らの恩師でもあった雨宮。突然の監督交代劇の衝撃さめやらぬ部員たちに雨宮は、彼の敬愛するプレイヤーにして指導者、クライフについて長々と口上を述べた後、こう言い放った。
「私たちが挑めるんです、クライフに。最も美しいサッカーに。その為ならば、勝つことくらい、あきらめましょう」
さらなる衝撃を受ける部員たちだったが、今中はその言葉からひそかに興奮を覚えていた。おもしろいサッカーがついにできるのか、と。
かっこよく散ることこそ目標と言い切る中二病サッカー部の明日はどっちだ……

夕空のクライフイズム 1 (ビッグコミックス)

夕空のクライフイズム 1 (ビッグコミックス)

ということで、手原和憲先生の新作『夕空のクライフイズム』のレビューです。
中堅どころの高校サッカー部を舞台にした作品ですが、ひねってるのにまっすぐな面白さが素晴らしい。サッカー漫画なのに比喩で野球を用いるのもどうかと思いますが、マウンドではなくショートのあたりから直球を投げ込んでくる感じ。それもかなりの剛速球。変なところから勝負してくるくせに真っ向勝負。
まずは変なところ、すなわち漫画のフックとしての、中二病のサッカーを目指せというトリッキーさ。
後任監督の雨宮が提唱するそれは、彼の言動の端々に現れます。

満員のスタジアムです。全国ネットで中継もされている。そんな舞台で皆さんは、最強のチームを相手に美しい攻撃サッカーを披露します。
技術は輝き、アイデアにあふれ、観る者を虜にする。気の毒な相手はフラフラです。そして観衆の熱狂の中ホイッスル。その時… 自然発生するスタンディングオベーション。自分達のプレーに満足し、喜び合う皆さん――
どうです? いいでしょう? そんな…
そんな負け試合を、するのが目標です!!
(1巻 p33,34)

そうです!!
絶頂の中、美しく散りましょーう!!!
(1巻 p34)

私たちが挑めるんです、クライフに。最も美しいサッカーに。その為ならば、勝つことくらい、あきらめましょう。
(1巻 p45)

現実でこんなこと、前監督が後足で砂かけて消えた直後に言われたら暴動の一つも起きかねませんが、そこはそれ、漫画。ほとんどの選手に衝撃と残りの部活人生の諦めを、そして約一名(今中)に中学以来のドキドキを植えつけています。
決して上手くはないけれどとにかくサッカーが大好き。だから必死にドリブルだけでもと武器を磨いてきた。そんな今中だからこそ、高校最後の一年で降ってわいた「おもしろいサッカー」にときめきを覚えたのです。
そんなトリッキーなテーマを前面に出しながらも、作品の土台にはサッカーに対する深い造詣が築かれています。私自身がサッカーに詳しいわけではないので、固有名詞の乱舞に呑まれているところがあるのは否定できませんが、それでも作者が、世界のスタープレイヤーや彼らが構築してきた戦術などについて自分なりの見解を持っているのは伝わってきます。というか、中二病サッカーというテーマそのものが、クライフのサッカーをよく消化したうえで生み出されたものなのでしょう。攻撃的、否、攻撃オンリーサッカーという一見破天荒なプレイスタイルを、中堅の高校サッカー部という素材を使って、漫画的リアリティの枠を(少なくともプレイレベルにおいては)飛び越えずに表現するには、確たる見識が必要なはずです。
そんな堅牢な土台の上に、中二病サッカーという斜め上のステージが作られ、そこで主役を張るのが今中というサッカー大好き少年。「俺… バカみたいに、サッカー好きだから…」と恥ずかしげもなく言えるThe少年漫画な性根の彼が主役でいるからこそ、熱い直球勝負の作品となっているのです。
サッカー好き。才能ないけど努力する。わくわくするサッカーに出会ってわくわくしてる。
そんな姿が描かれている今中君。Yes,主役。
1巻は、突然の方針転換に戸惑いながらも、中二病サッカーのための課題を監督から与えられた各部員がその練習をして、いざ紅白戦、というところで終わります。各人の練習や課題のみがクローズアップされてきたわけですが、さあそれが実際に「おもしろいサッカー」をしたらどういうことになるのか、それが描かれる次巻以降でいよいよこの作品の真価が見えてくるでしょう。超期待。

p.s. ヒロイン枠の中学三年生、雨宮雨ちゃん、サッカーをやっていたという設定で、太ももがものっそいムチムチで、こだわりと業を深く感じるのでとても良いと思います。



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