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漫画の話です。

あなたの知らない北海道農家の世界 『百姓貴族』の話

北海道。それは広大な土地が広がる北の大地。我々本州人には想像も出来ない過酷な世界が存在している。漫画家・荒川弘はそこで産声を上げ,そして育った。父方母方,ともに代々北海道の開拓農民の血筋という,濃縮100%農民が描く,農業エッセイ漫画・・・・・・

百姓貴族 (1) (ウィングス・コミックス)

百姓貴族 (1) (ウィングス・コミックス)

ということで,荒川弘先生のエッセイ漫画『百姓貴族』です。
作者自身が生まれ育った北海道での,門外漢には思いもよらない農業エッセイ。自分の知らなかった世界を見せてくれる作品(たとえば,鉄工所を舞台にした『とろける鉄工所』とか)はとても面白いものですが,本作もその系統。農家の生活ってだけでもそう近いものではないのに,それに加えて舞台は北海道。本州住まいのサラリーマン家庭に育った私には相当遠い。
基本,野菜はタダ(含む物々交換)。クマが出ると遠足延期。動物を見る基準は食えるか食えないか。小さい頃から大特を乗り回してる(@私有地)。「農家の常識は世間の非常識」という言葉が作中に出てきますが,そんな感じ。一般家庭には,家に帰ったら近所で獲れた鹿の脚がお裾分けとして血の滴るまま転がってたりは,しない。
そして,農家あるある(=一般人にとってのなんだそりゃ)の面白さとはまた別に,荒川先生のご家族がまたクレイジー。この人らを農家あるあるの代表例として挙げたらさすがにまずいんじゃ・・・・・・と思ってしまいます。
特に父。
車で堤防を上っていたら,上り切ったところにある橋が増水のせいで半壊しており,そのままあわや転落というところ,あえてアクセルを全開にして水路を飛び越える。
子供の手が機械に巻き込まれてしまい左手の指二本はほぼ皮一枚残してプランプラン状態だったので,病院に連れて行く・・・・・・ということはせず,自家製の治療法でほぼ完治させる。
郵便局から中古バイクを貰ってきて子供に無理矢理乗せて,当然出来ない子供に対して「なぜ出来ないんだ!」とキレる。
たぶん,掘れば掘るほどろくでもない(褒め言葉)エピソードが出てきて,ある程度まで行くと逆に引いちゃうようなやつばかりになるのでしょう。たぶん,この人を基準にしてはいけない。
とまあエッセイ漫画としても非常に面白いのですが,それ以外にも,現在連載中の『銀の匙』のバックボーンとしても興味深く読めます。同作の八軒同様,荒川先生も農業高校の出身で,そこでの思い出も描かれているのですが,『銀の匙』に通ずるエピソードがいくつもあるのです。
たとえば『銀の匙』1巻で,部活後に寮で卓球をしている駒場とタマ子に「なんでそんなことができる余力があるんだよ!」と八軒が叫ぶシーンがありますが,これは荒川先生の実体験の様子。ただし,叫ぶ八軒ではなく,部活後に卓球をする二人の方で。農家の体力怖い。自分が高校生だったときを思い返してもきっついな。文化部だったし。
銀の匙』では,駒場牧場の破産に対し,クラスメートが(八軒から見れば)非常にドライな態度をとっていましたが,あれも,農業を実地で見ていた人間だからこそ,素直に描けたものなのでしょう。大自然を相手にしていれば,いつ何時理不尽な目に遭うかわからない。それは,経済的にも,身体的にも。理不尽は誰にとっても明日は我が身。それゆえ,誰かの理不尽な不幸を悲しみはするものの,ある種の諦念とともに受け容れてしまう。
そんな農家の振る舞い・処世術が,『百姓貴族』のコメディの裏に潜んでいるように感じられます。たぶん。
私たちの知らない北海道農家の世界がここにはあるのです。


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