アニメ化と時を同じくして最終巻の発売された『ヨルムンガンド』。
- 作者: 高橋慶太郎
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2012/04/19
- メディア: コミック
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武器商人ココの壮大な望みは「世界平和」。戦争と、武器と、軍人と。血と鉄の臭いがたちこめる世界に嫌気が差すココに、ある時天啓が下る。
ある時ひらめいた。この金をすべて平和のために使ってやろう。戦争で死んだ者の魂が私を許す唯一の言葉。「あなたの死を糧にして、私は世界平和を作り上げた」だ!!
世界はラッキーだよ。これだけ世界が嫌いな私が、世界の破壊ではなく、世界の修繕を望んだことがね!!
武器のない世界なら、少しは好きになれるかもしれない。
(10巻 p18,19)
ファンタジーならしばしば口にされるセリフ「世界平和」ですが、現代世界を舞台にしてる作品では珍しく思えます。一個人が思い描くにはあまりにも大きな願い。それゆえにスケールが大きい。
最終巻でようやく明確になった彼女の目的は、実は物語の第一話にして既に登場していたものでした。
「ココはなぜ武器を売る?」
「世界平和のため。」
(1巻 p51,52)
まだ物語の全貌など露ともつかめない第一話のラストシーン。武器商人が口にするそれは、ある種の皮肉か諧謔か。そう捉えるしかなかったはずの言葉が、実は最後の答えだったという。
ココは物語を通して、武器を売り、武器を売り、そして武器を売る。武器商人の本分としてひたすらに武器を売り、その陰で自分の属する会社(家族)にも内緒で、友人にして同志の天田博士とともに「世界平和」のために色々と画策していました。読み手はそれをコマ切れにしか知らされず、「顔に鉄仮面を 心に鎧をまと」っているココを有能であり薄気味悪くもある人間としてみるのです。
そしてその視線が誰のものかと言えば、主人公である少年兵ヨナのものなのです。ココの実兄であるキャスパーとの契約で彼女の警護に就くことになったヨナ。
父さん母さんを殺したのはああいう試作型の戦闘機、新型の爆弾――
武器を考える奴、造る奴、売りさばく奴、使う奴。
僕は永遠に憎む。
(1巻 p5)
物語最初のモノローグで明確にされるヨナのスタンス。そして、にもかかわらず少年兵として、武器商人の警護として武器に関わり続けなくてはいけないヨナ。思想と現実に引き裂かれる彼。
少年兵。子供。有能な彼の世界はまだまだ狭く、現実と引き裂かれている思想の取り扱い方も知らない。だから彼の眼には、異端の武器商人であるココが不可解なものに映る。ヨナは仕事の重要なポイントややるべきことはわかっても、全体像やバックグラウンドは掴めない。武器の流れ、お金の流れ、人の流れ、世界の流れ。そんなものは断片的なものとしてしか捉えられない。
このように、視界の狭い子供を主人公に据えることで、読み手はそれに同調することを求められ、この作品で確信的になされているであろう情報公開の少なさに根拠が与えられるのだと思います。
何を考えているかわからないけれど、確実に何かとんでもないことを考えているに違いない女・ココ。そのとんでもなさ、不可解さを、子供であるヨナの目を通して焙り出す。そういう構造なんじゃないかと。
さらに言えば、「子供」のヨナが見るココは「大人」なのです。ヨナにとってココは、想像を絶した存在です。
「子供」と「大人」の違いは、「大人」が何を考えているか「子供」にはわからないということ。わけのわからない「大人」に、そのわけのわからなさゆえに興味を惹かれるのが「子供」だということ。これに年齢はさほど関係なく、ある人間が別の誰かのことを「よくわからん」と思い、そして「でも知りたい」と思えば、その両者には思う「子供」/思われる「大人」という関係性が生まれるのです。
読み手は「子供」のヨナに同期させられ、「大人」のココに不可解さ、「なんだこいつ?」という思いを抱く。その感情が情報の少なさ、視界の狭さに不都合を感じさせなくする。
ココの目的である「世界平和」は、その壮大さに比べればたいした障害もなく進んでいきました。敵からの邪魔も蹴散らし、時には敵さえ思想的にこちらサイドへ飲み込んでいく。彼女の計画を邪魔するものは、実のところ無きにも等しいほどだった。水を差すものと言えば、衛星打ち上げ直後ににキャスパーが言ったセリフくらい。
この世から武器がなくなると、本当に思うか? ココ。
航空兵器がダメなら海戦兵器を売ろう。船がダメなら戦車を売るよ。銃を売ろう、剣を売ろう、ナタを売ろう。鉄を封じられたらこん棒を売ろう。
それが武器商人だ。
(10巻 p140,14)
呪いのように投げかけられた言葉もココを悩ませた様子はなく、ヨナが帰って来たところで彼女は「ヨルムンガンド」を発動させるボタンを押す……というところで物語は終わります。
「世界平和」をどうもたらすか、なにをもたらすか。それを語るのがこの作品の目的ではないでしょう。howもlaterも語られますが、それはほんの形だけ。深く掘り下げられたものではない。それゆえこの作品の重要な側面が、ヨナの狭い視界から語られる不可解な人間の姿ではないかと思うのですよ。
高橋先生の新作が連載開始されたようですが、それも期待したいのです。
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