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漫画の話です。

『銀の匙』と『極東学園天国』に通じる、夢が無いことはいいことだ、の話

荒川弘先生の新作『銀の匙』にこんなセリフがあります。

「非農家の子がわざわざ酪農科に来るとは面白いね。どんな進路を考えてるの?」
「…… あの…すいません。実は特に夢がなくて… ほんとすいません…」
「それは良い!」
「えええ!?」
「楽しみだねー。」
(夢が無くてそれが良いって、なんだこのおっさん!)

(1巻 p90,91)

銀の匙 Silver Spoon 1 (少年サンデーコミックス)

銀の匙 Silver Spoon 1 (少年サンデーコミックス)

農業高校に入学した主人公・八軒勇吾。そこに入学してくる生徒たちはみな自分の未来に明確なビジョンを持っていて、中高一貫の進学校からドロップアウトした彼には、その熱意がとても息苦しく感じられていました。そんな中、入部した馬術部で馬房の片づけをしている時に通りがかったちんまいおっさん(その実校長)とのワンシーンです。
周囲の人間の熱意にプレッシャーを感じていた八軒は、「夢が無い」という言葉を苦しげに吐きだしますが、校長はニコと笑って、「それは良い!」と肯定するのです。当然八軒は困惑し、それについてのフォローは1巻では行われていないのですが、この校長のセリフで私が思い出したのは、日本橋ヨヲコ先生の『極東学園天国』でした。

極東学園天国(3) (ヤンマガKCスペシャル)

極東学園天国(3) (ヤンマガKCスペシャル)

自分の通う全寮制の学校が廃校になってしまうことを極秘裏に知った主人公・平賀信号は、それを撤回させるべく風紀と学力の向上に奮闘しますが、他の生徒はその行動を目障りなものと捉え、次第に彼は孤立していきます。信号が自分の空回りに無力感を覚え始めた時、クラスメートの悪友・山金に連れて行かれたのは学校の一室。そこには、娯楽品の持ち込みを禁止された校内でなんとか遊びができないかと、雀卓やスロット、ビリヤード台など、果てはテレビゲームまでも自作している生徒たちがいました。その生徒たちのボス・通称たまご姫が、信号に言った言葉です。

姫は人がおもしろがってるとこ見んのが好きなんだ あくまで作るだけ
姫はヒマな人間が大好きさ ぐーたらのんべんだらりしてる奴みるとわくわくするね
いつかそいつらそれにも飽きたら 何かしでかす日が来るかもしれんじゃないか

(3巻 p178,179)

夢が無いということは、何をしようか決めていないということ。決めていないということは、何でもできる可能性があるということ。このたまご姫の言葉と同じ意味で、校長は「それは良い」と笑ったのだと思います。
まあ、「夢」と「将来に対するビジョン」は別物ですし、『王様の仕立て屋』では「自分探しと言や格好いいが そりゃ要するに大吉出るまでオミクジ引くようなもんだろ」、『仮面ライダー555』では「夢ってのは呪いと同じなんだよ 呪いを解くには夢を叶えなきゃならない だが、夢を叶えられなかった人間は ずっと呪われたままなんだよ」なんて言葉も。「夢」があること、追いかけることが無条件にいいものであるわけではない、という見方は大事かと思います。
それでも、「夢ばかり見てるな」「現実を見ろ」なんて、それこそ夢のない言葉ばかりが幅を利かせては、世の中面白くなりません。夢を叶えられる人が一握りで、どこかで諦める人、諦めなければいけない人がほとんど、その人たちにあまねく「呪い」がかかるのだとしても、しがらみの一つや二つ、生きていれば誰にだってできるものです。それを恐れていては夢は叶いませんし、かかったところで大なり小なり誰にでもあるもの。いくら失意のどん底に落ちても、なんとか折り合いは付けられるものです。それは若いうちにはわからないことかもしれませんが、歳を取ればなんとなくわかってきます。だからこそ若者には、なにはともあれ夢は持ってほしいし、決まってないならないでその可能性に期待する校長の言葉は正しいのだなと思うのですよ。
子供が成長するうちに教えるべきは、「夢を持て」だけではなく、「夢ばっか見てるな」でもなく

どんな夢でもね、叶うにしろ叶わないにしろ…
夢を持つという事は、同時に現実と闘う事になるのを覚悟する事だと思うよ。
銀の匙 1巻 p135)

なのでしょうね。



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