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漫画の話です。

「吐くチビ人」の少女は無職中年を救うか 『ハルシオン・ランチ』の話

部下に金を持ち逃げされた渋顔中年社長・化野元(あだしのげん)。残金12000円に心許無さを覚えながら河原で釣り針を垂らしてる(食糧目的)と、一秒前まで確実に誰もいなかった自分の横に、一人の不思議系美少女が。宇宙から来た謎の存在である少女ヒヨスは、不思議なお箸を使ってどんなものでも食べてしまうし、食べたものを吐き出せば不思議生物が爆誕する。そんな彼女と行動を共にすることになった中年無職・化野元の明日はどっちだ……

ハルシオン・ランチ 1 (アフタヌーンKC)

ハルシオン・ランチ 1 (アフタヌーンKC)

というわけで、沙村広明先生の完結作品『ハルシオン・ランチ』のレビューです。
上述通りのシュールというか破天荒というかハチャメチャな少女がヒロインという時点で、どこにいくかわからないギャグ漫画であることは確定しているのですが、完結巻である2巻を読み終わって一切期待を外れなかったことに感動を覚えました。どんどん膨らんでいく話のスケールにお腹がいっぱいです。
形があるものなら文字通り何でも食べるし、それを吐き出すと直前に食べたものがいろいろ混ざって謎の物体が出てくるという不思議系少女ヒヨス。
爆誕する不思議生物

(1巻 p28)
それを不思議系で済ませるのなら宇宙の謎も形無しですが、そんな彼女に冠されたキャッチコピーが「イート&オート」。ごくごくニッチな層を突くリバース少女です。そういえば昔、伊集院光氏のラジオで、「飲み会でかわいい女の子が酔っ払い、家まで送っている最中に彼女が道端で嘔吐してしまったのだが、それを見てすごく興奮した」というリスナーの投稿だったか氏自身の経験だったかの話を聞いた記憶があるのですが、意外に需要はある、のか? まあそれは「嘔吐している女性の姿」ではなく、「嘔吐という弱い部分、普通なら見られない部分を見せた女性」にときめいたのだとは思いますが、吐いている最中はともかく、何度も吐いてぐったりしているヒヨスが妙にかわいいことは事実。
吐きすぎてぐったりするヒヨス

(1巻 p29)
そんな彼女に見込まれたのが、無職中年化野元。無論名前は『はだしのゲン』のパロディ。ギギギ。これはただのビタミン剤じゃ。別に御禁制のクスリをやっているわけではない彼ですが、自分でそれを疑いたくなってしまうくらいに訳のわからないことが次から次へと起こる。河原で釣りをする彼の前に現れた不思議系美少女はリヤカーを一瞬で食い、河原で御禁制のクスリのもとになる植物を育てていた奴らに絡まれ、その彼らをヒヨスがまた食い。それを見て元は叫ぶ。

(1巻 p26)
あんまり聞かないよね、「『この世で勝手に食ってもいいモノ』リスト」って言葉。
こっからさらに、ヤンキー仲間の一人だったメタ子が彼と行動を共にしだし、金を持ち逃げした部下を追い、その部下のところにヒヨスの同類・トリアゾがいて、と人間関係も広がっていきます。
掛け合いのギャグ以外にもパロディやメタネタをこれでもかこれでもかとぶっこんでくるこの作品。時事ネタを増やすと作品の風化が早くなるんじゃよ、とは作中の言葉ですが、3年後に読むと「ああ、そんなこともあったなあ」と感慨に耽られそうな話題が目白押しです。まあ第一話自体既に二年前ですし、東日本大震災のためにけっこうなネタが記憶の彼方でかすんでいるのですが、それはご愛嬌。ジョジョネタとはだしのゲンネタ、あとはやたらと自然科学や宇宙科学の言葉が出てくるので、そこらへんを知ってるとより楽しめるかもしれませんが大丈夫、わからなくても十分楽しめます。特に自然・宇宙科学用語。それらの言葉で迫力や堅苦しさを高めた上で、しょうもないギャグをぶつけてちゃぶだいをひっくり返すという作りですので、意味の理解不理解は関係なし。
不思議系というか、「吐くチビ人」というか、坂口安吾というかドストエフスキーというかなヒヨスおよび一時期のトリアゾの可愛さはガチなので、そっち系に嗜好を持つ方が愛でてもいいかと思います。
なんというか、つめこみつめこみでコストパフォーマンスのとても高いギャグ作品だと思うのですよ。
沙村先生の作品には、長期連載となっている『無限の住人』以外に、『おひっこし』(竹易てあし名義)や『シスター・ジェネレーター』といったギャグ作品もありますので、そちらも是非。というか私はそっちの方が好き。


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