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漫画の話です。

小学生は団地から宇宙を目指す 『ぼくらのよあけ』の話

2028年。携帯やネット、A.Iがぐっと身近になった時代。小学四年の沢渡悠真は、最近親が買ったオートボット*1のナナコがちょっと気に入らないものの、日々を活発に暮らす宇宙大好きの少年。今日も今日とて同じ団地に住んでいる幼馴染の岸真悟、田所銀之介の二人と遊んでいた。そこに母親の遣いでナナコがやってきて、家に帰るよう促されたので、不満たらたらながら帰路についていたところ、突然ナナコが機能を停止した。泡を食う悠真を尻目に、ナナコはすぐに機能を回復したが、どうも様子がおかしい。不可思議な挙動を見せながら団地の屋上へ向かったナナコは、追ってきた悠真に向かって言う。「私はこの星の外から来た宇宙船だ。このオートボットのA.Iを乗っ取って、話をしている。実は、今君のいるこの団地そのものが一基の宇宙船なのだが、トラブルに遭い帰れないでいる。どうか、宇宙へ帰るのを、手伝って欲しい」と。
団地経由宇宙行きのひと夏の冒険が、今始まる……

ぼくらのよあけ(1) (アフタヌーンKC)

ぼくらのよあけ(1) (アフタヌーンKC)

というわけで、現在アフタヌーンで連載中、今井哲也先生の新作『ぼくらのよあけ』のレビューです。
この作品の魅力は色々あるのですが、一つにはまずほどよい未来、作中の言葉を使えば、まだ「技術特異点」に達せず現在から地続きの技術力に基づく近未来世界の、絶妙な作り方です。家庭に普及した、オートボットという名のアンドロイド。小学生でも皆携帯(スマフォ)を所有して、学校でもそれを出席やプリントなどの配布物に利用している。空中に投影されるディスプレイ。自動運転の車。そんなちょっと未来のギミックが当たり前のようにある。
当たり前になったギミックは、それまでの遊びや人間関係に新しい風を吹きいれるけれど、本質的なところは変えません。進化した携帯の機能を使ってカンケリはより戦略的になりましたが、人間同士があるルールの下で追いかけあうという根っこのところの面白さは変わりません。ネットデバイスの簡略化は子ども同士の遠隔コミュニケーションを容易にしましたが、「親友」とか「敵」とかで人間関係をグルーピングしたがる性向はそのままです。どんなに世の中が便利になっても、小学生男子はうんこで大爆笑。そんな地に足のついた未来で、ひと夏の冒険は始まるのです。
ある日突然宇宙船に、自分を宇宙に返すのを手伝って欲しいと頼まれる。普通なら怪しんだり、真っ当な大人や機関に相談するところですが、さすが宇宙大好きの小学四年生、まるっと頭から信じ込み、喜んで協力します。活発でちょっと自分勝手な悠真。横暴な姉が苦手で気弱な真悟。聡明な銀之介。ナナコの身体を借りた宇宙船「二月の黎明」号に協力して、彼(?)を宇宙に返そうとするのです。協力の一環で、宇宙から見える地球の姿や、「二月の黎明」号の母星「虹の根」の環境を疑似体験もしたり。今まで味わったことのない未知の経験に、三人とも大興奮です。
で、そんな宇宙規模の体験の一方で、彼らとその周辺には、小学生としての生活もあります。学校に行けば勉強するし、余った給食の取り合いもするし、家に帰れば家族に反抗的な態度をとったりもして。そこで絡んでくるのが、何の偶然か、「二月の黎明」号が地球へ不時着した時に無くしてしまい、彼を宇宙に返すために必要である「コア」を持っている少女・河合花香です。(おそらく)両親が離婚していて、父親オートボットと暮らす彼女。年度始めに転校してきたのかもしれませんが、現在学校のクラスに馴染めていない。有り体に言えば、ハブられている。ここらへんの稚い露骨な悪意は、今井先生の前作『ハックス!』の中学時代のお話でも見られたものですが、その悪意と悪意を向けられる側の描き方が、今井先生は簡潔にして巧妙だと思います。そのキャラクターが集団内でどういう立場なのか、その状況をキャラクターはどう思っているのか。そのようなことが、コミカルながらもビビッドに描かれているのです。読んでてちょっと胸が痛くなる感じ。
で、河合花香と同じクラスにいるのが、しんごの姉・わこ。いじめの主犯格として彼女を憎悪する花香は、しんごがわこの弟だと知ったために、コアを渡すことを拒否するのです。あんな女の弟のためになにかしてやりたくはない、と。こうなると困るのは、「二月の黎明」号を宇宙に返そうとする三人。何とかして彼女を説得しようとするのですが、それもなかなか上手くいかず。しかもどうやら、「二月の黎明」号が地球に不時着した2010年、彼女の父親とその友人二人が既に「二月の黎明」と接触を果たしていたけれど、宇宙に返すことはできなかったようで、つまり、「二月の黎明」とは親子二世代にわたっての因縁があるのです。
宇宙というマクロな世界と、小学生のミクロな世界。さらに二十年近く前の時間もクロスしてきて。果たして「二月の黎明」号は宇宙に帰れるのか。
というところで、一巻は終わります。全10回の集中連載ですので、ここで折り返しです。
この作品の他の魅力に、空間の描き方の上手さがあると思います。カメラがキャラクターから離れていて、コマの中でキャラクターの比率が少ないカットがしばしば挿入されるのですが、そのおかげで作品内の空間に大きな広がりを感じられ、同時に「間」の効果も生んでいます。『ハックス!』の時からカメラアングルや間のとり方の上手い方だと思っていましたが、本作でもそれが遺憾なく発揮されているようです。みんなもっと今井先生のコマ割に目を瞠るべき。読むリズムが心地いいのですよ。
他にも、自ら学習し問題なく人間とコミュニケーションをとれるオートボット人工知能)は、人間と近しい知性とは呼べないのか。生命と非生命、知性と非知性の境界は。死とは何か、などといった形而上学的な問題も、そこかしこに見られますが、それは完結を待ってから考えた方がいい問題かも。
とにかく『ぼくらのよあけ』、作品世界は今の時期とリンクする夏直前、馬鹿みたいに暑い中を走り回る小学生達の姿には、共同幻想と呼べそうな郷愁があります。ごろりと寝転がって読んで、子ども時代を甘酸っぱく思い出すもよし、少し先の未来に思いを馳せるもよし、お薦めの作品ですよ。





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*1:人工知能を搭載した、家庭用アンドロイド