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「サムライうさぎ」打ち切りをきっかけに、ジャンプシステムを改めて考えてみよう

サムライうさぎ 8 (ジャンプコミックス)

サムライうさぎ 8 (ジャンプコミックス)

ついに最終巻が出てしまった「サムライうさぎ」。福島先生の絵やセンスが好きだったので、寂しいことです。
当初から「これは少年ジャンプのカラーじゃないよな」とか「打ち切りの憂き目に遭いそうで怖い」とか、作品内容と媒体のズレについてネット界隈では言われていましたが、一年半を待たずしてそれが現実のものとなってしまいました。
なによりかにより読者からのアンケートはがきが優先されるという噂の、いわゆるジャンプシステム。世間やネットの意見がどうであろうとも、とにかくアンケート至上主義。最近の「バクマン」では、「アンケートの内二割が取れていれば、人気作品と言える」などと泥臭い話がなされています。どこまで本当なのかはわかりませんが、当の雑誌をモデルにしている以上、あまり適当なことも描けないでしょうから、けっこう真に迫っているんでしょう。残念なことに、「サムライうさぎ」は、アンケートを進んで出すような層には二割も受けなかったようです。
当初は「夫婦愛」や「人間の成長」というようなメンタルなものを主軸に進めていこうという目論見があったであろう「サムライうさぎ」ですが、おそらくアンケートが奮わず、バトル物のテイストを取り入れだし、それでもなんとか、そちらに傾ききることを良しとせずに話を展開させていきましたが、その中途半端さのせいか、最終的に残念な結果に終わってしまいました。マロの技名なんかは、福島先生なりの皮肉に近いものだったんじゃないかと思いますけどね。


それはさておきジャンプシステムです。
Wikipediaによれば、アンケート至上主義の提案者は「アストロ球団」連載中の中島義博先生だそうで(wikipedia:週刊少年ジャンプ)、となると1970年代中盤のことですから、結構な歴史を持っているわけです。まずはそのメリット・デメリットを考えてみましょうか。

  • メリット
    • アンケートを出すような熱心な読者の意見を反映できる
    • アンケートの内容で、ニーズのキャッチアップが容易に行える
    • 漫画家の向上心を煽れる
  • デメリット
    • アンケートをださない層の意見が排除される
    • 流行を追いすぎて、スタンスが定まらない作品が出てくる
    • 大器晩成型の漫画家の成長を期待できない
    • 人気の高い作品の過剰な延命が行われる
    • インパクト重視の出オチが増える



ざっとこんな具合でしょうか。


このメリット・デメリットをざっくりまとめれば、主導権が完全に読者にあるという風に言えそうです。あるいは裏返して、漫画家に主導権がほとんどない、と言う方が適切かもしれませんが。漫画家と読者の間には、中間項として編集部が存在していますが、これがどちらよりであるか、と言ってもいいかもしれません。つまり、少年ジャンプのようなアンケート至上主義では、編集部は読者サイドの意見に追随し、アンケートの圧力をまるで減殺させずに漫画家サイドに押し付けるわけですが、少年サンデーでは逆に、編集部が漫画家を(比較的)擁護してくれるようで、あまりにも無体な打ち切りは少ないですし、中堅以上の作家の連載を手厚く保護しているようです。少年マガジンはこのどちらでもなく、編集部が読者からも独立して、漫画家に「これを描いてくれ」とテーマを要請することが多いようです。
ジャンプスタイルは、競争の激しさと入れ替わりの激しさから、新人へのチャンスは多くとも、そのチャンスを生かす道が細いと言えます。また、人気が奮わなくなった時の強引なテコ入れや、不本意な長期連載化など、必ずしも漫画家に優しいとは言えないようです。
サンデースタイルは、連載作品の保護が厚く、ベテラン漫画家がのびのび執筆できることから、既存の漫画家には優しいかもしれませんが、新人の入る余地が少なく、誌上の固定化、マンネリ化が進みやすいと考えられます。
マガジンスタイルは、編集部の指示が強いことから、漫画家が連載を続けること自体は容易かもしれませんが、漫画家がやりたいことができているのかという点では疑問が残ります。また、編集部の求めるテーマが先行作品の二匹目の泥鰌だったりすることもあり、意外性が比較的少ないとも言えそうです。ただ、全作品が編集部主導であることもないでしょうし、一旦打ち切られても、同社内の他雑誌に移行することもありますし*1、他社で連載していた漫画家がやってくることも多いようです*2


こうして比較してみると、ジャンプの新しさ、新陳代謝の速さは、漫画雑誌のトップとして考えれば、それほど問題ばかりというものでもありません。発行部数の多い、いわゆる三大少年誌*3のほかの二つが安定的な誌面を保っているのだから、それと対比してサイクルが早く、かつ人気作品を長期化させるという二つの編集方針であることは、一つの戦略であると思うのです。
ですから、この場合の不幸は、少年ジャンプでチャンスが生まれてしまった漫画家サイドにあるのでしょう。大器晩成型であるとか、派手な面白さはないがじっくり読める作品だとか、テーマがWJにそぐわないとか、不幸の理由があると思うのです。同じ集英社でも、ヤンジャンビジネスジャンプスーパージャンプ、そしてジャンプSQと、男性向け漫画雑誌は多くあり、そちらで芽が出ていれば、と惜しまずにはいられない例が多くあるのではないでしょうか。
編集方針としては、例に挙げた三誌も一長一短であり、全てのメリットを求めて融通無碍にやろうとすれば、どのようにすればいいかがあまりにもごちゃごちゃになってしまい、逆に雑誌のクオリティは低くなってしまうでしょう。一定程度以上の確固とした方針は、大きな組織になれば間違いなく必要なのです。


サムライうさぎ」の場合、アンケート至上主義のほかに、「努力・友情・勝利」のジャンプ三本柱に合致していなかった点が挙げられます。そういうわかりやすい柱の間を縫うような、微妙なニュアンスを持つ精神性が「サムライうさぎ」の肝だったわけですから、それが「雑誌の色と合わないから(そしてアンケートも奮わないから)変えてくれ」というのでは、作品が面白くなることは難しいでしょう。「アンケート奮わない」→「テコ入れ」→「物語破綻」→「アンケートもっと奮わない」の死のスパイラルは、華やかなジャンプの暗部として脈々と存在していました。悲しいのは、作品の面白さとアンケートが必ずしも一致しないことです。ジャンプアンケートの回収率のデータが知りたいところですが、数値がどうにも見当たりません。私の周りでそういう話は聞いたことないんですがね。もしほんの数%でしかないのだとしたら、さすがにアンケート至上主義はどうかと思ってしまいますが。およそ270万部の内、27000枚葉書が届いてもわずか1%。それだけの数を、完全に数値のみならともかく、多少なりともの記述回答があるのなら、膨大な作業量になりそうですが。
それでもジャンプとしては、この手法による雑誌発行部数トップの業績があるのですから、おいそれと変更することもないでしょう。
ともあれ、福島先生には早く新しい連載を始めてほしいものです。個人的には、スクエニ系とか、電撃系とか、あるいは意外にイブニング辺りがやりやすいのではと思ったり。


追記;「サムライうさぎ」本編について詳しく触れた記事は、こちらをどうぞ。
ジャンプシステムはともかく、「サムライうさぎ」をもう一度読み直してみよう - ポンコツ山田.com






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*1:ヴィンランド・サガ」が、本誌から月刊誌である「アフタヌーン」に移行

*2:大暮維人久米田康治木多康昭らがいる

*3:発行部数比はジ:マ:サ=3:2:1で、かなり差はあるのだが。ちなみに少年チャンピオンは、少年サンデーのおよそ半分。週刊漫画ゴラクとほぼ同じ。さらにちなみに、ヤンジャンヤンマガは少年サンデーとほぼ同じ。その代わり小学館は、ビッグコミック系四冊で200万越え